エピローグ 0-7



『なんでいかんと? 歴史の博物館。せっかく来たなら入ればよかろ』


 女の子は、お爺さんの背中から自分で降りた。

 女の子は紺のジャンパースカートに白いブラウスを着ていた。

 人形のような童顔に黒いボブヘアで、眠たげでアンニュイな表情を湛えた小柄な少女。

 そして彼女は、お爺さんに向かって言い放った。


『そしてわたしは歴史になる。そしてホワイトは歴史の証人になる』


 合聖国USSが生み出した卓越した戦略家にして、悲劇の大戦のトリガーを引いた張本人——アイリス・レイ。

 彼女とお爺さんがいるのは、あの世とこの世の境目。目の前の歴史の博物館とは、彼女が死を選ぶ意識の現れであった。



      †



 誰もが戸惑うが、誰もが止められない。

 殴り合っているのは、同盟と学院州のために戦った〈白い亡霊ホワイティ〉と、郊外区発展に尽力した現州知事だからだ。


「せめて——ちゃんと送り出せ!」


 言葉を交わして。


「——いや。おれの葬式をやれよ。亡霊だからな!」


 その次に拳を交わす。


「ふざけたこと、いうな! 俺たちには明日を生きる義務がある!」


 魔導ではなく素手のみで、彼らは殴り合う。


「義務かぁ。さすが留年まみれの州知事様……いうことが違うな!」


 どちらかが、先に倒れるまで。





       †



『アイリス。おおきゅうなったな。……まあ、ずっと盤古の中から見とったけどの』


 ラザルスはいう。


『それと、おれくらい長生きせんと歴史の博物館には入られんとぜ?』


 ふふ〜ん!と。

 ラザルスは得意げに、アイリスの前に立ち塞がった。



『長生き? わたしにその資格なんてなかろう……』


 アイリスは進む。しかしラザルスは慌てふためいて止める。


『……あっ、これ以上進んだらいかんいかんホントにいかん! ストップ! スートップ!』

『——もういい! もうわたしなんておらんくなればいいけん触らんで!』


 誰もいない歴史博物館の門前で、ラザルスとアイリスはもみくちゃになった。

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