4-6
パーティー会場から転じて、戦いの場を学院州の街中に移し、二人の〈魔導師〉が魔導を交わす。
「「雷導術——〈
手練れ同士の戦い。稲妻迸る三次元機動で、行政区の摩天楼の合間を駆け抜ける。警務の邪魔も入らない。中距離の間合いでは、閃電の弾丸を——
ひとりはスーツ姿のホワイト。かたや黒ローブの〈魔導師〉。
駆使する得物は同じく
「「雷導術——〈
銃剣での刺突を弾きあった交錯の後。
「オルフォンソさんとやら、どうしてこんなマネを?」
「……もはやごまかしも要らないな。いかにも、私がオルフォンソである」
間合いをとったホワイトとオルフォンソは初めて言葉を交わす。
「どうしてとは異な事だ。エイデシュテット司令官の下で、法に叛く殺人を繰り返してきた君が言うこととは思えないが」
「ごもっともだな」
知ってるのかとホワイトは眉を顰める。影の仕事はユーリア以外に知り得ないはずなのだが。この上はごまかしても仕方がない。
「だが、おれならクズは一思いに殺す。陰湿に傷つけるのは趣味じゃない」
「陰湿? 当然の報いだ。やつらは弱者を弄び、あぶく銭の上に特権階級の座に居座っている。一瞬の死など生温い。一生をかけて後悔してもらわねば」
黒ローブに身を包むオルフォンソ下院議員は、あくまで冷静に持論を展開していた。
「あんたはクーデターの前準備として面倒なエリートどもをおれになりすまして削り取っておく、と。そういう策か?」
「その通りだが、きみは私に何用かね。まさか彼ら体制側を是認するわけでもあるまい」
オルフォンソは続ける。
「私もきみと同じく、エイデシュテット司令官を師と仰いだ〈魔導師〉のはしくれでね……。自惚れではないが
きみには敵わなかった。その発言の真意をホワイトは見抜いていた。
オルフォンソが自白するように、彼がホワイトと対等に渡り合えたのはここまでだったのだ。
オルフォンソは肩で息をしている。
そして小銃と銃剣を失えば、もはやオルフォンソには継戦能力にも決定打にも欠く。それでも相手が並の〈魔導師〉であればどうとでもなったのだろうが、相手が〈
オルフォンソの強さはホワイトと同じで、巧みな戦闘技能と正確な戦術判断に拠るのであって、アイリスやレ=テウのようなデタラメな規模の魔導術が使えるからではない。
結論。オルフォンソはホワイトに勝てない。
しかしオルフォンソには負けを認める様子はない。
「しかし私は現実に屈するわけにはいかない。軍を、政治を、社会を、自由の国のあるべき姿を取り戻さなければならない。そのためには私は、あらゆる罪を背負ってもかまわない。……きみはどうだ?」
オルフォンソは語り、ホワイトは黙する。
「〈
ホワイトは戦いに勝っていた。
しかしホワイトは、オルフォンソを見逃すほかになかった。
アイリスが去った後の、摩天楼の電光と月明かりだけが照らす執務室の暗闇のなかで。
ユーリアはただ一人、執務椅子へと腰掛ける。
デスクの上の、写真立てに目をやる。
「……アイリス」
古いセピア色の写真には、二十人ほどのスーツ姿の若者たちが並んでいる。政府庁舎のエントランス前での集合写真だ。みんなでひとつの国旗を、横断幕みたいに手に持って掲げている。
真ん中で背伸びをする小さいアイリスと、右端には気を許さない面持ちのレ=テウ。その隣には、いつだって優しい顔の牧師姿のクリストファーも。軍服を着こなしたユーリアの姿も左側にいる。そのほかの若者たちも、みんなかつての学院州で同じ夢を語り合った仲間たちであり、類稀なる〈魔導師〉だった。
だからこそ間違った世界を変えられると、自分たちこそが変えるべきなんだと、信じて疑わなかった。現実の生活さえ知らずに観念の中で生きているモラトリアムの子供にすぎなかった。
「
ユーリアは過去を振り返る。
これは十年以上も前の写真。けっして色褪せることのない思い出なのだ。
もうすでに終わった『理想』なのだと、若き日の失敗だったと、我々はあの大戦に負けたのだと、延々自分に言い聞かせてもまるで色褪せてくれないほどの。
しかし、いまの学院州にユーリアの想いを受け止められる人間はいない。
「……ホワイト。私は、どうすればいいんだろうな」
ユーリアは独りうそぶく。
そして手にしたメモ紙を、中身を見ることなく発火させた。
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