4-5



 時同じくして、行政府ビルの一角に設けられた州軍司令官の執務室。

 部屋の主たるユーリアと来訪者のアイリス。

 彼女らのほかに誰もいない。


「……アイリスか。会うのは二年ぶりか」

「ん。あの大戦に負けて、それくらいにはなるかもしれん」


 アイリスは挨拶もそこそこに、一枚のメモ紙をユーリアの執務机に置いた。


「一部勢力の企てるクーデター計画書の写し……、その隠し場所を記してある。ほんの一部こそ日本側ニホンの情報筋に探りを入れられとうけど彼らも全容までは知らんかった。……まあわたしはハナから知っとったけど」


 ユーリアは言った。どうしてそんなものを、と。

 アイリスは答える。ほかには見せていない、と。

 一瞬ながらに、噛み合わない問答がなされる。


 ともあれクーデターが起こるとして、誰が首謀者であるにせよ、学院州新政権の象徴として担がれる人間は決まっている。あの大戦の英雄にして〈雷帝〉ユーリア・エイデシュテットその人。

 あるいはユーリアこそが真の首謀者だとも。

 アイリスは深い藍色の瞳で、表情ひとつ変えずにユーリアと相対する。


「この情報。私にどうせよ、と?」

「好きにすればよかろ」


 アイリスは続ける。


「信じるも信じんも結構。止めるも止めんもユーリアの決断次第。学院州はどうせ終わっとう。このまま腐るにまかせるか、〈革命派〉の暴力革命が先か、軍部有志の乾坤一擲のクーデターが先か、どれをとっても変わらん」


 アイリスは締めくくるように言った。

 わたしにとってはどうでもいい、と。

 あの大戦以降。すべてに意味がない、と。

 しかし、そんな投げやりなアイリスの発言に、ただ黙っているユーリアではなかった。


「ではアイリス。学院州がどうなってもいいというのなら、なぜアイリスは私の元を訪れたんだ?」


 次いでユーリアは問う。


「なぜアイリスはこの期に及んで〈白い亡霊ホワイティ〉と……、ホワイトに会おうと思った? どうしていまだに行動を共にしている?」


 ホワイト以上にアイリスとの長い付き合いのユーリアは知っている。アイリスは聡明な傑物であると同時に、年相応に臆病なひねくれ者なのだ。

 

「ホワイトに利用価値があるけんに決まっとろう」

「世界を無意味だと断じる人間が利用価値を説くのか。苦しい言い訳だな」


 アイリスの抱える矛盾。ユーリアは核心をついていた。


「……本当は、ホワイトにわかってもらいたいのだろう? アイリスが考えていること。思っていること。今見ている世界の景色。そして私たちがあの日に夢みた理想を。〈白い亡霊ホワイティ〉ならわかってくれると……」


 ユーリアの言葉から一呼吸おいた後に。

 アイリスは重たげに、ようやく答えた。


「それは、お互いさまやろ」


 切り揃った黒いボブヘアがわずかに揺れる。ただ深い藍色の瞳だけが、ユーリアの瞳を直視することなく床へと俯いている。本心をユーリアに見透かされることを、恐れて拒絶するように。


「心配はいらん。ユーリアやホワイトの悪いようにはせん。ユーリアたちは社会にとって必要な人間。世界から消えるのは、世俗の中で生きられんわたしやレ=テウやクリストファーだけでいい」

「……それはどういう意味、」

「あの大戦がもたらした業。すべての罪はわたしが背負う」


 アイリスはユーリアの問いを振り切るように一言残すと、踵を返して執務室を後にした。

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