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「で、ラジェはこの街のトップなんやな」

「まー、そういうことになってるな。おかげさまで」


 アイリスとラジェと歩きぐいをしながら郊外区中心部を散策していた。もちろんホワイトも付き合わされている。今日のラジェに区長としての仕事はないらしく、アイリスやホワイトも立場上は根無草なので目的無くふらつくだけだ。

 ちなみにラジェは時折道ゆく人々(学院州の例に漏れずみんな同年代)にフレンドリーに話しかけられている。

 時に「ちゃんと大学行ってんのか?」。時に「もっと野菜食っとけ」。時に……、会話の八割はからかい交じりの駄弁りだ。


「で。ラジェは大学いつになったら卒業すると? その後の進路は? 大学院? それともよその州で就職?」

「いや、まず卒業がそもそも未定なので……単位足りなくて」


 アイリスもまた、そこかしこの出店で買ったアイスクリーム(これで三個目)に口をつけながらラジェをいじっていた。

 そしてラジェの学業状況はホワイトも知るところだ。この男、そこいらの不真面目人間を圧倒するレベルの多留年者である。学院州の規定上三〇歳を超えるまでは在籍できるので、合聖国を代表する海運王たる父親一族の莫大な財力で学生生活を満喫しているらしい。

 ラジェの年齢は公開情報だが、彼の前では直接口にしてはいけないのがこの街の暗黙のルールだ。単にラジェが可哀想だからだ。

 

 

「仮にもわたしの母校ラザルス自由大に通っとうなら、しっかりしてもらわんと。わたしは一年で学部終わったけどそんな難しいと?」

「それはおまえが異常なだけだって。卒業には四年かかるんだよ」

「で、ラジェは今、何年目なん?」

「おれは一六で大学入ったから……。そりゃ元々留年してたけど途中で戦争とか色々あって……(無言)」


 アイリスの無遠慮なつっこみがラジェの表情を無にさせた、その時だった。


 

「「「「あ、ラジェさんだ!」」」」



 カバンを背負った学校帰りの小学生たちがやってくる。聞きつけた他の子供たちも連鎖的に駆け寄ってくる。ホワイトとアイリスは、ちびっ子たちの勢いに思わず一歩下がる。あっという間に人だかりだ。


「チョコちょうだい」「こんどカード対戦してください!」「今日の算数テスト満点だった!」「ラジェさんはいつ大学卒業するんですか? きのう先生が言ってました」「サッカーでキーパーしてください!」「たかいたかいして〜」


 ホワイトは思う。ラジェという男、やはり一際目立つ人間だ。背が高いとか顔が濃いめとかだけではない。とにかく周りに人が集まるのだ。

 ラジェは邪険にすることなく、一人一人に言葉を返している。子供たちの楽しそうな様子を見るに、手に届く有名人感覚でたかるくらいには親しまれているらしい。威厳はまるでないがリーダーの素質は嘘偽りないとみえる。少なくともホワイト自身よりは。


「ほれみろアイリス。これが俺の人徳ってやつね」

「髪の毛めっちゃ遊ばれとうけど」


 押し寄せる子供たちにもみくちゃになりながら(もしゃもしゃと頭も顔も触られてる)、ラジェはははっと得意げに笑う。そして。


「おーいみんな! ここだと狭いし迷惑だからいったん公園行こう! 二列で並んで俺につづいて!」

「公園いってなにするん?」

「人数いるしサッカーとかでテキトーに戯れて……」

「カードで遊べばよかろう。近場におもちゃ屋あろうし」


 アイリスは唐突に懐からデッキ(束になったカード)を取り出しては提案する。ラジェは呆気にとられる。単にアイリス自身がカードゲームを遊びたいだけなのだろうと、はたから見ているホワイトは思う。


「あのう」「……そのひと、誰ですか?」


 とある少女の一声をうけて、ホワイトははっとした。

 アイリスはあの大戦を引き起こした人間だ。

 相手が子供たちとはいえ(いや、だからこそ)恨まれても当然だ。学院州に流れ着いた子供達のほとんどは難民であり、例外なく親兄弟を失っているからだ。

 よって学校の制服姿みたいな外見だけではわからないが、アイリスは身分を偽らなければならない。そして少女みたいななりで立場のあるラジェとつるんでいる以上、なんらかの辻褄合わせが要るのだが……。

 察したラジェは「俺の話に適当に合せろ」とアイリスに耳打ちする。しかし。


「わたしの名前は、アイリス」


 アイリスは一歩前に出て、はっきりとした声で躊躇いなく名乗った。


清朝中華ダァチン・グルン帝室額爾徳特阿琳エルデト・アリンの末裔にて、合聖国USS建国革命の英雄ラザルス・レイの血を引く者。『評議国同盟〈インターナショナル〉』元外務全権、アイリス・レイである」


 公衆の面前で、アイリスはかつての自らの素性を明かしたのだ。

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