3-10



『――このへんにいる、全員に告ぐ(拡声器の声)‼』



 唐突に。一機のヘリコプターS‐51が接近しては、争いの場に割って入る。

 その機体は怖いものなど知らない振る舞いで、大音量の警告がホワイトの耳朶を打つ。


『俺は合聖国連邦議会下院議員兼、郊外区区長、ラジェッシュ・クリシュナ・スィンだ! 全員、ただちに戦闘行為を停止しろ‼(拡声器を介した怒号)繰り返す――』

 

「レ=テウさんとやら。ここは手打ちにしないか?」


 ラジェか。しめた、と。

 ホワイトは交渉を持ち掛ける。


「見ての通り、あんたとアイリスが派手にやらかしたせいで色んな連中が駆けつける。いま来たヤツだけじゃない。州軍はもちろん〈雷帝〉ユーリア・エイデシュテットも今に来る。そもそも、あんたの本領は大衆やゲリラを率いた革命戦だ。決起にもタイミングがあるはずだ」


 そうだろう? と。ホワイトは指摘する。

 対してレ=テウは、黙して聞き入れる姿勢。


「ついでに。ヘリで割って入ってきたラジェなんとかっていうやつはおれの友人だ。あんたもご存じの通り郊外区のトップで、魔導はからっきしだが行動力は学院州きって。ついでに仲間だけはぞろぞろと多い」

「……手打ちの要求か。いいだろう。〈白い亡霊ホワイティ〉が相手なら信用する」


 これ以上の戦闘は〈革命派〉にも不利益。ホワイトのとりひきレ=テウは即答していた。


「だが〈白い亡霊ホワイティ〉よ。これだけは言っておく」

「なんだ?」

「革命は遠からず起こる。矛盾に満ちて腐りきった学院州は我々が打ち倒す。しかし志ある人間を、無為に敵とする意思は我々にない。とくに、おまえやユーリアのような人間は」


 レ=テウは踵を返し、落ち着いた声音で言い残す。


「こんな世界は間違っている。我々は正すだけだ」


 レ=テウは燃え上がる炎とともに消え去った。

 そして。


『――ホワイト‼ ホワイトじゃないか! 半年ぶりだぞ! 急に姿くらまして今までなにやってたんだ⁉』


「ラジェ。いいところに来てくれた」


 ホワイトは唐突な乱入者に感謝していた。

 〈革命派〉の指導者レ=テウ。一国の軍隊すら相手にできる炎導術の使い手。

 久々に同格の〈魔導師〉と相まみえたがゆえに圧倒されたが、冷静に考えれば実力で後れを取るとはホワイトは思わない。アイリスが発揮した規格外の戦力も加味すればなおのこと。

 とはいえ相手は武装集団のリーダーで、手の内は未だ不明。交戦は避けたい。その意味でラジェという不確定要素の乱入は喜ばしかった。

 そもそも、ホワイトの目的はレ=テウら〈革命派〉の鎮圧ではない。

 ホワイトがユーリアから受けた本来の目的は「謎の多いアイリスの監視」なのだ。このスラム地域でおこった一連の戦闘も、アイリスに同行した成り行きにすぎない。

 ホワイトはこの一件により、アイリスの一端に触れた。

 彼女の〈革命派〉への批評。レ=テウとの過去をにおわせる口論。自虐や後悔ともとれる内省。

 ホワイトに味方するか仇なすかはともかく、アイリスが何かを謀っている可能性は高い。

 アイリスの狙い。レ=テウとの確執。過去と今。

 それらを解きほぐせば、今後起こりうる事態へ対処する手掛かりになるかもしれない。


「……ほわ、いと」


 アイリス? ホワイトは背負った彼女の異変にようやく気が付いた。

 普段の堂々さや得意げさはなく、アイリスの息は絶え絶えで。

 ふり返れば、いまにも気を失いそうな表情をしていた。


『――その背負ってる女の子! 大丈夫なのか⁉ それにこのバカでかい樹も……あぶねぇ、崩れ始めたぞ!』


 ラジェの指摘は正しかった。

 術者のコントロールを離れたせいか。アイリスの〈盤古〉で生み出された巨大樹はバラバラになってくずおれていく。魔導力の残滓をまとった緑玉色に輝く木くずや葉っぱ。樹海と化したリベルダージ地区一帯に積もっていくさまは幻想的な雪のようだった。

 そしてホワイトに背負われたまま、アイリスは気を失った。

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