3-8



「……われらが同志精鋭を、ものの数分で無力化か。きさまが目にかける〈白い亡霊ホワイティ〉はいまだ衰えてないようだな」

「あたりまえやろ」


 〈革命派〉最高指導者レ=テウ。信頼のおける同志たちの敗北を認めてなお、彼女は動じていなかった。

 まるでそうでなくては困るとでも言いたげな不敵な表情で、レ=テウは続ける。


「あの大戦。彼のような魔導師が大勢いた。皆、理想にその身をささげた気高い同志たちだった。同盟は戦った。自由と独立を求めて、侵略者にたちむかった。私も、ユーリアも、クリストファーも……」


 レ=テウは昔を懐かしむようにとある国名を口にした。

 合聖国ではなく、同盟と。

 同盟か、と。対してアイリスは思い出を振り返るも、冷ややかな目でレ=テウに応じる。

 まるで過去は戻らないと諭す老仙人のように。


「レ=テウ。同盟の理想はとうに挫折した。民草をまきこんで死屍累々しかのこらんかった。わたしたちは罪人にすぎん」

「ちがう! 同盟は世界に自由と平等をもたらした! 我々はあの大戦に勝利するはずだった! それをきさまの日和見で……罪人はきさまだけだ!」


 レ=テウは激昂すると。

 かっ、と紅い眼を見開いた!


「同盟の――世界革命のうらぎり者め!」


 刹那の時。

 元より間合いなどなかったかのように。レ=テウの右腕の炎拳が、アイリスの顔面へと振りかざされる。必中必殺の攻撃。されどアイリスは瞬き一つしない。韜晦に満ちた深い藍色の、すべてを見通した瞳のままで。

 そして未来はアイリスの予見通りに。


「革命の女傑、レ=テウ。お目にかかれるとは光栄だな」


 こともなげな挨拶とともに、一筋の閃電が迸った。

 ホワイトだ。〈白い亡霊ホワイティ〉が割って入る。ホワイトが刺突した雷霆を纏いし銃剣と、レ=テウ渾身の燃える拳がぶつかり、互いの魔導力を一点に集中させた「天変地異」が、容赦なく熱く衝突する!


「いきなり殴り掛かるとは穏やかじゃないな。昔馴染みじゃないのか?」

「見損なうな〈白い亡霊ホワイティ〉! そんなやつと!」


 ホワイトを圧するレ=テウの気迫。理詰めを超えた底なしの魔導熱量がホワイトを襲う。

 久方ぶりの感覚だ。ホワイトは死の危機を覚える。鍔迫り合う彼女の灼熱の拳はホワイトの銃剣へと食い込み……これ以上は保たない。

 ホワイトは瞬時に判断を下す。受け身では負ける。


「雷導術――〈雷霆衝トゥール・ブラスト〉!」


 限界を悟ったホワイトは弾き飛ばしでの回避を余儀なくされる。急激な魔導術の反動により無防備な硬直を晒す。

 まずい。主導権を握られる。

 ホワイトは苦く歯を食いしばる。

 そしてレ=テウは反作用を活かして上空へと跳んだ。高度はゆうに数百メートル。

 彼女のとった戦闘機動にホワイトは目を疑った。

 魔導力の根源は大地に拠った霊導脈レイライン。地に足つけて戦ってこそ魔導術は真価を発揮する。

 そもそも手練れの〈魔導師〉ですら百メートル超の高度では浮遊もままならない。よってレ=テウの行動は本来なら非合理だ。では、なぜ?


「雌伏の同胞はらからよ。

 すべてをなげうつ同志たちよ。

 仇なす敵と、邪悪な世界! 聖なる炎で焼き尽し、我らが世界を打ち立てん……!」


 レ=テウによる口上。魔導詠唱。

 古式ゆかしい方式でありながら、彼女独自の手法で編み込まれた固有術式展開……。莫大な魔導力がはるか上空で収束を始める。

 遅まきながら、ホワイトは理解した。

 魔導力の絶対量がモノをいう対〈魔導師〉戦において、本来なら完全に常識外の高高度をとった理由。それが。

 規格外のバケモノが、必殺の攻撃を「必中」へと高めるために、攻撃対象を視界から逃さないための「計算」だとすれば――


「地中に逃げろアイリス、」



「炎導術――〈紅蓮世界〉」



 それは一瞬だった。

 まさしく火山の噴火。レ=テウの左目。紅い瞳が捉えた地上一帯がまるごと、赤黒い火柱に呑まれた。

 それこそが、レ=テウの炎魔導の真価。

 敵意を認めたすべてを無に帰す。焼き焦がす戦域対象魔導。

 地上にいたホワイトやアイリスはおろか、リベルダージのスラム全域。辺りの大地もろとも黒炎に燃え上がり、勢い衰えることなく猛っていく。

 まるでレ=テウが憎んだ「世界」そのものを、怒りの炎で焼き溶かすかのように。

 果てることのない炎と灰と煙が、目前の世界を昼から夜へと変える!

 レ=テウが天上より放った漆黒の火柱は、禍々しく、けれども輝かしく、一帯を燃やし尽くし、頭上高くに立ち昇る。まさに彼女の世界への憤怒の現れ……!

 ホワイトは退避に成功。すんでのところで磁界跳躍。レ=テウ同様に数百メートル超の高度を浮遊し地上の煉獄をやりすごす。だが。


「……アイリス?」


 アイリスは、動かなかった。

 ホワイトの視界に彼女はいない。

 魔導力の残滓すら感じられない。

 すなわち死。ホワイトは動かぬ事実から結論付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る