3-7



「同志隊長。連中の戦車が退いていきます。あの〈魔導師〉はいったい……」


 潜伏する指揮官は、度が強い黒縁のメガネを掛けた青年であった。煤けて無骨な黒コートとマフラーといい、華々しさからは程遠い。ほかの者も同様である。


「同志レ=テウの言うとおり『革命の日は近い』ですか」


 理知的な雰囲気を裏切らず、彼はしずかにつぶやいた、その時。


「……導影、一。まっすぐ突っ込んできます。距離五〇〇〇」

「来ましたか」


 隊長は敵をプロファイリングする。

 単騎突撃。技能や経験はともかく素質と自信だけは有り余る〈魔導師〉。いまの学院州でエリートの〈魔導師〉とくれば判を押したように名家出身で、戦場を知らない世代。わかりやすい坊やだろう、と。

 ならば恐るるに足らない。慎重策はかえって士気を損なう。

 こちらには地の利がある。〈革命派〉全体を鼓舞するためにも戦果が欲しい。

 結論を下した隊長は仲間たちへ、導石式無線機トランシーバー越しにつとめて穏やかにつぶやいた。


「受けて立ちましょう。きたる作戦の慣らしにもなります。迎撃はストリクス小隊のみ。他小隊は現地点にて潜伏。必要に応じ支援を行ってください」 


 そして。〈魔導師〉同士の機動戦闘が始まる。


「敵は平面機動戦フラット・マヌーバで包囲迎撃します! ストリクス隊、続け!」 


 距離、五〇〇〇。磁場を纏った〈魔導師〉が単騎で、遮蔽物たるバラック小屋を這うように突っ込んでくる。

 一方で〈革命派〉の〈魔導師〉は、秩序を保って迎撃へと跳びだす。跳躍と浮遊は機敏そのもの。

 〈革命派〉側の総数は一四名。一個騎導中隊スコードロン。数的優位は明らか。傾斜地上層に潜んだ都合高低差や障害物による地の利もある。

 考えうるすべての要素が〈革命派〉へと利している。隊長は迷わず指揮を取る。

 彼らは鶴翼のポジションに散開しつつ、包囲迎撃の構えをとる。


「小隊各位、基本機動とリソース管理は忠実に! 二騎連携エレメントは密に!」


 〈魔導師〉による近代的機動戦闘。

 その原則は、戦闘機の空戦に酷似している。

 ひとつ。限られた魔導力における徹底したリソース管理。

 間断なき機動で魔導力を消費し、くわえて有効打を魔導術に頼る以上、無軌道な行動一つが明暗を分ける。

 ひとつ。コンビネーションによる計算づくの集団戦法。互いが互いの射線を確保して死角をカバーする。

 ひとつ。〈魔導師〉といえども背後を突かれれば弱い。天の加護だと畏れられる導障壁(バリア)ですら充分に護れるのは正面と側面のみ。後頭部にいたっては拳銃弾すら防げない。

 そして、対〈魔導師〉戦闘における決定的な原則がもうひとつ。


「敵、距離三〇〇〇!」


 〈魔導師〉は、必ずしも自由気ままに飛べない点だ。

 魔導術や導障壁も。浮遊や跳躍も。魔導力は限られた低空域――高度一〇〇メートルほどでしか使えない。すなわち高度をエネルギーへと変換して戦う戦闘機の空戦とは逆で、地に足をつけて戦うのがセオリー。必然、戦闘は平面的となる。

 そもそも〈魔導師〉の行使する魔導のすべては、大地から出ずる魔導力の源泉――導源脈レイラインに依存する。いかに超常の使い手と謳われようが、彼らも臍の緒でつながった赤子でしかないのだ。


「距離二〇〇〇! 交戦距離!」

「小隊各位、戦闘開始エンゲージ・オフェンシブ!」


 〈革命派〉側は戦闘の原則に忠実であった。彼ら四名は大戦の生き残り。初歩的なミスなど犯さない。


「「雷導術――〈błyskawica〉!」」「「炎導術――〈火箭焰Huǒjiàn yàn〉!」」


 初撃は〈革命派〉側の迎撃。

 炎と雷の火線は単騎の「敵」へと過たずに直撃するも正面展開された導障壁に阻まれ無傷。しかしそれは〈革命派〉とて織り込み済。


「小隊各位。伏兵を警戒しつつ包囲を維持。削り取れば我々の勝利です」


 〈革命派〉側は繰り返し連携攻撃を放ちつつ、相互にカバーできる距離を維持。絶えず後退し、間合いを取る機動を繰り返す。

 各々が自身の役割を理解し、堅実に敵の動きを拘束していく。

 敵は小銃射撃を時折放つ。しかし擦りもしない稚拙な射撃。隊長は勝利の確信を強める。

 敵は苦し紛れに撃つだけか。対して味方は絶えず動き、数で囲み、魔導術を放ち、支配権を握っている。

 その攻防の中で。隊長はタイミングを見逃さなかった。

 戦闘推移の中に一瞬だけ生まれた、もっとも理想的な十字砲火点クロスファイア・ポイント


「ストリクス2、三秒後――仕留めます!」「了解!」


 消耗戦といえども持久戦とは限らない。

 隙あらば、すかさず獲りに行く!


「「炎導術——〈火焰环绕Huǒyàn huánrào〉‼︎」」


 この炎魔導が、決まり手となった。「敵」の全周に燃え盛るのは、逃れる術のない剛炎の檻。背後を喰い破り、様子が窺い知れないほどの火焔が立ちのぼる。

 このとき〈革命派〉は勝った。

 いや、勝っていたに違いないのだ。

 相対した「敵」が、合理と常識にとどまるレベルの魔導師であってくれたのなら。


「同志隊長! こいつ……生きてます!」

「この火力をこのタイミングで食らって、導障壁の減衰もない? しかも背面のダメージも」


 小隊各位は反射的に導力探知。そんなことをするまでもなく、炎は消し飛んで「敵」の姿が露わになる。

 不吉な予感が、間髪入れずに隊長の背筋をなぞった。悪寒だ。あの大戦で幾度もなく襲われた第六感。隊長は口元に手をやる。ミスもなければ不覚もない。されどいかに御託を並べようが。

 こいつはまずい。

 そう思った時には、すでに遅かった。


「ガッ!?」「ブッ」

「ストリクス2、3!」


 気まぐれで残酷なカマキリと、食われるだけの哀れなコバエのように。まるで次元が違う。

 そして「敵」は跳んだ。ゼロ速度からトップスピードに。空中を俊敏に泳ぐ、蜻蛉のごとき不可予知的鋭角ターン機動。


半巻倒転スプリットS? この低高度とスピードで――」


 類稀な神業への驚愕と、身体に衝撃が突き抜けたのはほぼ同時。隊長の意識はここで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る