3-6
時に。
魔導術における原理上、古来より考案されては立ち消えになった攻撃方法が〈魔導師〉にはある。
雷導術で、物体を射出する。
原理は単純。電流と磁界の発生制御。
いわゆる「フレミングの法則」による弾丸射出。極超音速で放たれる必殺の弾丸である。
技術革新の華々しい近代以降は「
無論、超常の使い手たる〈魔導師〉をしても実現は困難である。銃が複雑多様なパーツで構成された武装である都合、剣や弓矢に炎や氷をまとわせる基礎的魔導術とはレベルが違う。ゆえに
「雷導術――〈
まさしく二つ名の〈
スラムのバラックを隠れ蓑に、ホワイトは銃を撃つ。
合間にかすかに雷閃が奔り。
そして一両。また一両。
弾丸に貫かれ沈黙。
被害を仲間に知らせる爆発すら上がらない。
正確無比に、敵戦車の履帯と砲身のみが撃ち抜かれ、焼け溶ける。搭乗員を殺さない程度に制御された進入角度と威力で。
搭乗員はことごとく、動かない戦車から小虫のようにわらわら逃げだす。背負った無線機で連絡を試みるも、ホワイトが打ち込んだ弾丸が放つ残留磁波のせいでまるで通じない。
もちろん搭乗員ごと戦車を抹殺することは容易いが、あえてホワイトはしない。
ホワイトは混乱をねらった。半端に生存者が多いほどに恐怖と混乱は加速して、作戦行動の負荷は累乗される。
よってホワイトの戦い方は、けっしてロマンチシズムな不殺ではない。
確かな技量をもって最適化された戦術だ。
ホワイトの意図通り、まだ動ける(わざと見逃している)戦車はやみくもに移動して主砲や機関銃を撃つばかり。煙や炎を巻き上げるだけでホワイトを発見できない。それどころか動く影を「敵」だと勘違いして、同士討ちするありさまで。敵軍は統率のかけらもなく右往左往と敗走する。
単なる侮りなのか。指揮官が無能なのか。逃げ惑う敵軍を、ホワイトは冷めた目で見下す。
こいつらに戦いを知る人間はいないのか。あの大戦を生き延びた兵士は。
その時。
「……新手か」
ホワイトはかすかに感じ取る。自滅する私兵集団とは別方位に〈魔導師〉と思しき存在。
魔導感知。導影――一二。導痕は微弱。つまり手練れの証。あの大戦の、精鋭部隊出身者の生き残りか。
ホワイトの口角がわずかに上がる。久々に実戦らしい。
「〈革命派〉のおでましだな」
ホワイトによる攻撃はもちろん、アイリスによって仕組まれた攻撃である。そんな策略など知る由もなく、議員配下の私兵部隊は右往左往の醜態をさらす。
「いいからはやく偵察を出せ!」
「ですから、さっき出した部隊がその偵察で……」
「じゃあ増援でいいだろ!」
アイリスは呆れていた。この連中は戦争を知らなさすぎる。
よりにもよって死角だらけのスラムに、歩兵なしに視界の悪い戦車だけで突っこむなどと。
これでは〈魔導師〉のホワイトでなくとも、
嘆きと焦燥が指揮所の天幕内を覆っていく。
なにが起こってる? こんなはずじゃ! 敵は〈魔導師〉だ。〈革命派〉のゲリラだ。……といった具合に。
「あっ、アイリス様どちらに向かわれるので⁉ 外は危険ですぞ!」
「ここにおると酢くさい。だれかの汗のせいで」
アイリスはそそくさと外に出る。しかし狙撃を恐れてか、議員を含めて誰も天幕からは出てこない。
そして。事ここに至って、なにも指揮所だけが安全であるはずもなく。
「炎導術――〈炎柱獄陣〉」
指揮所の天幕一帯が、唐突に紅い炎で燃やされる。内の者たちは叫ぶ間もなく息絶えた。
自然発火ではない。瞬時に生み出された超極高熱量での炎導術。ほかでもない〈魔導師〉の攻撃だ。
「レ=テウ。なにも燃やすことはなかろうに」
「安心しろ。次の消し炭は、きさまだアイリス」
突如現れたのは、一人の女であった。
二十代だろうか。胸。胴。腰。脚。アイリスとは対照的に、若さと成熟を併せ持つたしかなプロポーション。
服装は深みのある赤茶色。男物のスリーピーススーツとスラックスを、タイトに着こなす。艶やかなブラウンレッドの髪はアップに巻いたポニーテール。素肌が覗くうなじだけで、鍛えられたシャープな体躯を思わせる。
戦歴の証。黒革のグローブに包まれた義手の右腕と、黒革の眼帯に隠された右目。
何者にも屈さぬ鋼の意思を宿す、紅く鋭い隻眼は、相対するアイリスを睨む。
「……〈革命派〉。叶いもせん理想をふりかざす、社会でやっていけん落伍者風情が。いまさら学院州にご用事なん?」
「知れたことを。名もなき人民を踏みつけにする権力の俗物を、一人残らず焼き払う。我々にそれ以外の目的はない」
鋼鉄の義手で立ち塞がるすべてを打ち砕く。革命の女傑にして紅髪炎拳の指導者。
ユーリアやアイリスと同じく、かつて時代を作った一騎当千の〈魔導師〉。
〈革命派〉最高指導者レ=テウ。
灼熱の彼女は、ついにアイリスの前に現れた。
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