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ラザルス学院州は、巨大なリアス海岸に位置する特徴的な都市である。
域内半径五〇キロメートル。東北南の三方を海に囲まれ、陸地の外延は連なる丘陵や山岳の凹凸に彩られた自由の府。
学院州は大まかに四つの区域に分けられる。行政中央区。文部教育区。工業開発区。そして今、アイリスが訪れていたのは……。
「あれが郊外区のリベルダージ地区やな」
その名も郊外区。
合聖国の戦後難民受け入れ政策によって生まれた外縁地域で、そうじて険しい傾斜地に廃材小屋が埋め尽くすスラム地域である。
「ええ。アイリス様。このたびは、私ども開発公団の現地視察にお越しいただきましたこと、恐悦至極にございます!」
なかでもリベルダージと呼ばれる地域は学院州最悪を誇る薬物中毒者のたまり場だ。住人は皆その場で座り込むか徘徊するかだけで、薬物の過剰摂取で死を待つだけの、人生を棄てた者しかいない。当然インフラも未整備。ウラ社会の人間ですら居住を拒む。
いわば学院州のお荷物。掃きだめ。恥部。
そんな棄てられた土地へと、アイリスらは白昼堂々、数十もの軍用装甲車の隊列で物々しく赴く。
「繰り返しになりますが、私の名前はパウロ・ディエゴ・フランシスコ・デ・ベルナル……」
「ん。わかったわかった」
「どうか次の選挙では、なにとぞ私を!」
自身を有力議員だという長い名前のでっぷり太りなスーツ男は、額の汗をハンカチでぬぐいながらアイリスに媚びを売る。
それにアイリスは、懐から取り出したチョコレートを割りながら「ん」とだけ相槌をうつ。
「あの忌々しいリベルダージ地区こそが〈革命派〉の潜伏アジト! かねてよりの懸案は、当作戦で完全に解決いたします! そう、この私の主導し、指揮する撲滅作戦こそがです!」
議員は威勢よく演説をぶつ。もっとも、彼の言葉からにじみ出るのは自身のための権力欲で誰かのための信念のたぐいはまったくない。まさに俗物。
「で。これから虐殺が始まる、と」
「おっ、お言葉ですがアイリス様。これは『害獣駆除』です。あそこに人間はいませんから。できることなら、新聞が言ってる新型爆弾とやらの実験場にでもすれば更地にするのも早いんでしょうけど」
鼻白みながら反論する議員にアイリスは無表情で、チョコレートをかじりながら続けた。
「そう思うなら、勝手にやればよかろ」
もちろん彼女の考えるところは、でっぷり太りな男とはまったく別にあった。
場所は変わり。武装集団の「手入れ」を聞きつけてか、すっかり無人になったリベルダージ地区中心部の、バラック造りのアパートの屋上から。
「ずいぶんと集まったものだな。連中も」
煤汚しの灰色ローブを身にまとったホワイトは、無遠慮にリベルダージ地区に近づいてくる軍用車の縦列を確認していた。
ホワイトは兵士のいでたちをしていた。ローブの下には合聖国軍の戦闘服を着こみ、相棒というべき
武装したホワイトの役目は単純明快。リベルダージ地区を殺戮によって解決せんとする私兵集団の殲滅。人倫に反する輩どもの退治だ。
ホワイトは小銃を構えて、狙いをさだめる。トリガーへと指をかける。そして一瞬魔導力を込めて。
「雷導術――〈
ただ一発の弾丸が。
かすかに雷光を伴い、放たれた。
「ご覧くださいアイリス様! 装甲車両に乗り込んだ完全武装の兵隊五〇〇名に、先発隊には
物々しい警備会社とやらの本隊によって設営された指揮所の天幕にて、真冬なのに汗だくの青年議員はアイリスへの絡みをはじめる。
かたやアイリスは、不気味なまでに無の表情で聞き流す。
まるで独りで、別の世界にいるかのように。
「小汚い〈革命派〉なんぞ一撃です! なぜならわれわれには――」
汗かき議員がおしゃべりに興じているなか。
「……応答せよ。繰り返す。応答せよ」
「先行部隊と連絡が取れない?」
「いや、急になぜか」
指揮所の兵士たちはざわつき始める。
装甲車に戦車に〈魔導師〉に、圧倒的な戦力を擁する大部隊が。予定通りであるべき作戦に異変が? いったいどういうことか。
議員は「どうした、こっちに代われ」としゃしゃり出る。
「……おい! 先発隊! 作戦は始まっているんだ。聞こえているならちゃんと応答しろよ!なんのためにお前ら兵隊くずれを雇ってやってると――」
大金を投じた手駒がたどりつつある運命を、汗だくの議員はまだ知らない。
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