3-4

 


 かくして場所は、高級レストランの個室。

 ホワイトが得た知見その四。アイリス・レイの昼食はスケールが異常である。


「あ、あらためましてアイリス様。わたくしは、日本国二ホン在学院州領事館の……」

「右に同じく。私は、王立連邦ブリテン在学院州領事館――」


 どういうわけか。見知らぬ若手外交官(それもエリートと思しき)が二名、礼儀正しく同卓していた。

 中学生の制服姿みたいなアイリスと、普段着のコート姿のホワイトという、ドレスコードもへったくれもない相手に、かたやフォーマルスーツの青年二人が挨拶している。

 巨大な長テーブルには、コース順序など関係なくいきなり山盛りの本格料理が数知れず。

 オリエンタルな香辛料が鼻孔を刺激するが、さしものホワイトも状況が呑み込めない。

「なん? みんな。そんな遠慮せんで、モリモリ食べればよかろ」

 ちょっと待て。

 なんだ。これは。

 ホワイトは首をかしげたくなった。

「そこの二人なら、わたしが呼んだ」

 そこの二人、と。アイリスはこともなげに言った。ホワイトが見るかぎりアイリスが誰かと接触したそぶりはなかったので、実際は執事長バトラーあたりの手配だろうか。しかし外交官はヒマな役人じゃないだろうにとホワイトは訝しむ。

 しかし外交官の彼らは、ここ一番の正念場のような顔で引きっつている。

「ホワイトもわたしの立場をしらんわけじゃなかろ。外交官でわたしのこと分からんかったらモグリやろ」

「――ええと」「あのう、アイリス様。そちらの方は……」

「ん。白い亡霊ホワイティの正体。本名ウィリアム・ホワイト」

 唐突なアイリスの言葉に、二人は凍り付いた。

 彼らに疑う様子はない。もちろん事実なのだが。

 ちなみに彼らは、ホワイトと一回り年上程度の青年にすぎない。学院州が三〇歳未満のみで営まれる特殊社会であることを諸外国が考慮した結果である。すなわち彼らもまた国家の次代を担うエリート。

「なあアイリス。彼らと面識はあるんだよな?」

「ん。数年前にあった、……気がするかもしれん」

 おいおいそれでいいのか、とホワイトは呆れるも、対面の外交官は二人ともアイリス相手にすっかり腰が引けている。彼らの肩書は総領事。大使に次ぐ上級ポストだ。国を代表する対外折衝の有力者だが、アイリスのまえでは木っ端役人のありさま。

 なるほど。これがアイリスか。

 いまだに隠然たる影響力を誇る彼女の力量を、その片鱗にすぎないにせよ、ホワイトは理解した。


「……して、二人にお話しなんやけど」


 話を切り出したのは、やはりアイリスであった。次から次に色とりどりの料理を食しながら彼ら外交官の目を見る。

「いまの学院州の主流派。頼むに値せんやろ。みんな腐りすぎて」

 一息の間をおいて。

 外交官らは儀礼上差しさわりなく答えようとするが――。

「おべっかは要らん。そもそもわたしが一番好かん。なんかいなあの破廉恥な連中は。しかし州軍司令官ユーリアはよう宮仕えしきいできるなあって、ずっと思っとう。となりのホワイトも同意見」

 アイリスが機先を制した。炒飯を皿ごと手元に寄せながら、愚痴を誘うような物言いで。

 勝手に代弁されるのも困るが、もちろん間違ってはいないとホワイトも首肯する。

「いまの学院州は砂上の楼閣にすぎん。小悪党の汚職がはびこっても、政情不安を解決に導く強いリーダーはいっこうに生まれん。それではあなたがた亡命政府が困ろうに」

「政情不安……。〈革命派〉の件ですか?」

 外交官が上目遣いでうかがう。

「〈革命派〉のリーダーは、あのレ=テウ女史ですが」

 アイリスは真っ赤な麻婆豆腐を味わいながら「ん。」とうなずく。そして飲み下すと、彼女は訥々と話し始める。

「レ=テウ。あれのことはよく知っとう。あの癇癪女の実力を認めるのはイヤやけど、いまの学院州なぞ一蹴りで崩れる。文字通りの革命が起こる。さすればすべての価値観は逆転して、エリートたちは広場で吊るされる。暴徒と化した貧民が宝飾品を略奪する。〈革命派〉の目的はともかく合聖国は混沌に陥る」

 アイリスが示した可能性の一つ。

 平然と料理にあるつける者はアイリス以外にいなかった。

「我々、亡命諸国一同は、合聖国USSの政治的安定を望んでいます。もちろん、この国の象徴たる学院州においても」

 外交官は見解を述べる。


 曰く、合聖国は我々とともに果たすべき義務がある。自由と民主主義の擁護を。公平公正な法の支配を。基本的人権の尊重を。そして亡命諸国の国土奪還を。

 いずれも既存のスローガンをなぞるものであったが、それゆえに切実な願いにもホワイトには聞こえた。


 ホワイトは知っている。

 本音と建前はちがう。建前だけでは生き抜けない。

 とはいえ、建前すら顧みなくなれば人間はどこまでもクズに堕ちる。

 不正や汚職はいうに及ばず、身勝手な強者が正当化される。名もなき市民はより弱い者へとチカラを振りかざす。差別や偏見で留飲を下げる。ホワイトは知っているのだ。すべてを見てきたから。

 合聖国の次世代育成を担うフロンティアたる学院州のみならず、合聖国の全市民がモラルを失えば、彼ら亡命国家の存立が危うくなる。帝政圏が大聖洋を渡って襲い来る前に、内戦すらあり得る。革命も同様だ。

 ホワイトは理解していた。学院州の堕落は学院州だけの問題ではない。

 合聖国全土の、ひいては自由陣営の危機だ。


「そこで、わたしたちの出番、と。ホワイトもそう思わん?」


 アイリスはホワイトに目を合わせ、同意を求めた。

「御託はわかった。具体的に何をやるんだ」

「簡単なこと。腫瘍は取り除くにかぎる」

 アイリスはフカヒレのスープを飲み下すと、抑揚のない声で超然と言い放った。

「わたしは、偉大なる建国者ラザルス・レイの血を引くものであるからして。合聖国USSの自由を汚すやからどもの退治。まとめてやってやらんこともない」

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