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 ホワイトがアイリスと出会ってから一週間。建国の父ラザルスを祖に持つ天才少女についてホワイトが知り得たことは多い。

 知見その一。アイリス・レイの朝は……、とても遅い。


「おい、アイリス」


 仮住まいの借家の寝室で、アイリスは羽毛布団にくるまっている。顔まで布団に埋めているので、見えるのは寝癖のとんだボブヘアの黒髪だけだ。

 ホワイトは苛立つ。

 時計の針は一一三〇。

 もう昼だ。さすがに遅すぎる。

「おい、起きろよ。いま何時だと思ってる」

「…………いやん。起きん」

 いかにも眠そう(気だるそう)な声で、アイリスは応答した。

 ちょこんと顔だけは出す。目は半開きで、寝ぼけていて、黒髪のボブヘアが口の端に入っている。そして寝返りをうつ。

「……指図せんで」

 知見その二。アイリスは指図されることを嫌う。彼女の行動指針は、その時の気分次第だ。

 ちなみに、むりやり布団を剥ぎ取るわけにもいかない。どういうわけかこの少女、寝る時は下着だけなのだ。年の瀬も近い冬なのに。ホワイトには謎だ。

「今日はユーリアに会う。おまえさんも来い」

「……なら、行かん」

「どうして? 昔馴染みなんだろ?」

「顔なじみだから、会わん」

 芋虫のようにもぞもぞと、羽毛布団にくるまりながらアイリスは渋る。やはりユーリアとは因縁があるに違いない。

「どうした。腐りきった合聖国をどうにかするんじゃなかったのか?」

「……そんなこと、いいよったかな。わすれた」

 アイリスがとぼけ倒した、その時だった。

 ……ぐうぅぅ。

 腹の音がなった。もちろんホワイトのではない。布団の中のアイリスは羽化する前のサナギみたいにむくむくと動く。


「……うむ。起きればよかろう」


 知見その三。食欲には忠実。

 ホワイトは彼女の服をベッドに置く。

 純白のブラウスに、紺のジャンパースカートと、白い靴下。

 名門中学校の女子制服そのものの取り合わせだ。彼女は昔から、公務から普段着までコレで通したらしい。

 理由は「印象戦略」「じつは服をいちいち変えるのがねむい」とのこと。

 アイリスのファッションスタイルを合理的な個性ととるか否かは受け手次第だ。少なくともホワイトは、アイリスに仕える執事長バトラーから三十着以上の服装一式を渡されたときに末恐ろしいものを感じたが……。

 アイリスは布団の中から手を出して、服一式を受け取る。

 そして布団からはいっさい出ずにもぞもぞ着替えを完了した。曲芸じみた着替えだ。それで服にはシワひとつつかないのだから不思議だ。

「アイリス。朝飯、いや昼はどうするんだ?」

「たべる。行政区の中華でも行こうかいな……」

 とにかく彼女のやり方に口出ししない。

 それがアイリスとのコミュニケーションの鉄則らしい。

 この謎深き天才と会って一週間だがホワイトが理解できた最初の事柄であった。

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