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謎の老執事バトラーとの遭遇と、スラム街の子供たちの襲撃から半日。ホワイトは眠らせた子供たちを知人の施設に預けた後に、バトラーの手配した高級ホテルに一泊していた。
そして次の仕事のパートナーとなる少女アイリス・レイの邸宅を訪れたのは、翌朝一〇時になっていた。
「まさか。峠を越えた森林に、ここまでだだっ広い場所が隠されてたとはな」
例の高級車で通ってきたのは、学院州都市部を囲う山間部を超えた森林地帯だ。手つかずの地で、学院州と他州をまたぐ大自然としか認識されていない……、はずなのだが。
真新しい舗装道に区切られた近代式耕作地。
目測にて、学院州都市圏をゆうに凌ぐ面積。
貿易拠点かと見紛う規模の穀物庫に車輌庫。
果てはコンクリート製の滑走路と大型格納庫。
それらが人々に認知もされず秘匿されている。学院州の表裏に通じるホワイトすら知りえなかった。
「それを魔導結界で欺瞞してるときた。おおかた空から見ても、なみの人間には原生林に映る知覚干渉系か」
「ご明察の通り。ここには我々以外、誰も訪れません」
老紳士のバトラーは穏やかに答えるが、ホワイトの目はごまかせない。
ここはまぎれもない要塞だ。たとえば農地の区画分け。州間高速からの侵入を想定すると耕作地の高低差と農業道路の分岐ラインが、ホワイトの脳裏に即席の塹壕陣地を浮かび上がらせる。極めつけは先進的な大型施設の数々。なかでもコンクリートの滑走路は空軍基地にも劣らぬ水準で、最新鋭の超音速ジェット戦闘機すら運用可能だ。農薬散布の布張り複葉機を使うには過ぎた代物だ。
「こいつは州軍ですら相手にできる要塞だ。そんなに外界を拒んで、おたくらはなにを考えている?」
「僭越ながら、アイリス様にお会いになればご理解いただけるかと」
「らしいな」
ホワイトは考えを巡らす。
ここはさしずめ、世を厭う賢者の居城。油断はできない。
この奥にアイリス・レイはいる。
4
『――大戦平和式典が、ラザルス=グランデ記念公園にて開幕しました。
雑音交じりのラジオの音が、とある一室の静寂さをいっそう深める。
樹海に隠された洋館内の書斎。そこには一人の少女がいた。
彼女は白いブラウスに紺のジャンパースカートといった、ありふれた学校制服のよそおい。
彼女は執務椅子に深々と座り、背後の窓面を向く。両手の指を組んでは、憂いを帯びた瞳がここではないどこかを映す。
「アイリス様、お時間です。〈
整ったスーツ姿の幾人かが、少女に仕えるように書斎に控える。彼らは人種こそ異なれど、例外なく年嵩を経た者どもであった。
アイリスとはいかなる人間か?
アンニュイにねむたげな瞳に、東洋系らしい童顔と、切りそろった黒いボブヘア。容姿は年端もいかぬ少女そのもの。されど彼女の纏うしずかな威厳はありふれた少女像と一線を画する。
『――幾百万、幾千万、たとえどれほどの生命を犠牲にしてでも! 悪しき帝政は倒されなければなりません! この世界に自由と平和をとり戻さなければなりません! 我々各国青少年一同は、祖国奪還の若き一本槍となって――』
「いかが、なさいますか?」
ラジオの音。従者の声。
アイリスは眉一つ動かさない。
浮世と隔した、孤独で超然たる姿。
それはあたかも、生まれながらに臣下と民草を遍く従えて、はるかの高みから天下を統べる皇帝であるかのように。
「……よかろ。わたしだけで会う」
アイリスは重たげに腰を上げると、控える者どもは姿を消していった。
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