2-3
「おまえら、カネ持ちだろ。もってるの、ぜんぶ置いてけって、ほら!」
ホワイトとバトラーは動ぜず持ち物を投げ放つ。彼らの脅されるまま両手を上げて腹ばいになる。
「すげーよ見てみろこいつらのサイフ!」「お肉食いほうだい!」
何十枚ものラザルス紙幣を両手に、わいわいと喜ぶ子供たち。
襲撃してきたのはナイフや拳銃で武装した四人の少年だった。背丈や顔つきから、いずれも一〇歳にも満たない。ありふれたスラム街の住人だ。
一方で、襲われた側の二人。
「おいオトナども。おれたちゃ〈魔導師〉だ。ヘンな動きしたら殺しちゃうかんな……?」
リーダー格の少年は得意げに警告した。組み伏せられたホワイトの首筋にナイフが迫る。
ホワイトは認識する。彼に魔導の心得があるのは本当だ。
ナイフは高熱を放ち、紅蓮色に鈍く光る。すなわち
「たしかに。おまえは〈魔導師〉だな」
「だろ? 貴族やカネ持ちだってざこはイチコロだ」
〈魔導師〉は希少な存在だ。なぜなら魔導は先天的なものであり、その形質は潜性遺伝であるからだ。
世間に伝わる〈魔導師〉とは、素質をもった男女が交配したすえに歴史の中で貴族化した者たちを指す。よって代々の家系を誇る名門であれば、彼ら子孫のほとんどは難なく魔導を行使できる。そして、この法則は学院州の現状と直結する。
魔導とは、力。
力は莫大な富を産み、富は力を増幅させる。
エリートのほとんどが〈魔導師〉であることは、社会構造の必然なのだ。
しかし人間とは複雑な生き物だ。多様な遺伝子を持ち合わせる以上、突然変異はいくらでも起こりうる。たとえ両親が馬の骨同士でも一千ほどの赤子が産み落とされれば、一人くらいは魔導に優れた人間がでてくる。すなわちホワイトの同類だ。
突きつけられたナイフの熱に、ホワイトはどこか懐かしさを覚える。
孤児の頃の記憶。己だけが頼りだった記憶。
生き延びるためには、戦うしかない。
魔導。それは天に見放されたホワイトが唯一その手にできた、たしかなチカラ。
そして人を殺して、モノを奪った。日々の食事をするように。狩りをする獣のように。この孤児たちと同じように。
「べつに命まではとらねーよ。おれら盗みしないと死んじゃうしだけだし。つーわけでカネはもらうかんな?」
ホワイトの追想をよそにリーダー格の少年は重ねて忠告した。
「親いないし」「ハラへっただけだし!」
続いて、子供たちも口々に続ける。彼らの言い分にホワイトは耳を傾けた。
「……いや、文句はない。こういう金は本来、おまえたちみたいな子供のために使われるべきだからな」
ホワイトはうつ伏せのまま、頬を地面になすりつけて子供たちにうなずいた。
少年たちもきょとんと虚を突かれる。強盗を否定されるとでも思っていたのだろう。
「なーんだ」「話がわかるじゃん」と、子供たちはホワイトに気を許し軽口をたたく。
「へえ。あんた、ほかのオトナどもとは違うんだな」
リーダー格の少年もホワイトに戦意がないと見るや、ナイフに込めた魔導力を弱めていく。
「おれはおまえたちに、もっといいものをやろう」
ホワイトは提案する。
「……まだくれんの?」
「ああ。その『宝物』さえあれば、盗みや殺しなんて二度とせずに済む」
「えっ、なになに?」「宝物?」「教えてよ! はやく!」
子供たちは目を輝かせて無邪気にはしゃぐ。まるでクリスマスプレゼントを心待ちにするかのように。そして。
「おれからのプレゼントは、おまえたちのまっとうな未来だ」
ごく一瞬で。ホワイトは魔導を使った。
子供たちにのみ指向させた微弱な電流。他の誰にも感知されない程度の、神経系に作用する非致死性の雷導術。彼らは反応すらできず無抵抗のままに気を失った。
辺りに静寂がもどる。
ホワイトと老執事のバトラーだけがその場で立ち上がる。
「お見事ですなホワイト殿。さすがはアイリス様が見込まれたお方……」
「バトラーさんとやら。急ぎのところ悪いが、寄ってほしい場所がある」
ホワイトは気を失った子供たちを高級車の後部座席に座らせながら老執事に要求した。
「どちらに?」
「孤児院だ。看板だけのクズ連中とは違う、信頼できる知人がいる」
そこいらの孤児院ではだめだとホワイトはよく理解している。そういう『慈善事業』を隠れ蓑に、悪事を働くクズどもが蔓延っているのが現実なのだ。
手口は単純。弱者の保護を建前に、人目につかない檻に閉じ込めて、命を毟りとる。
暴行監禁は序の口。衣食住も満足に施さない。使い捨ての労働力。農地や工場や建設現場でひたすらカネを稼がせる。
甚しきは、乳幼児を臓器移植のネタにしていた輩すらいたことだ。そいつらは学院州施政を握る実行委員や有力学生議員と癒着し、ゆうゆうと検挙を逃れ、あろうことか『慈善活動』の見返りに公金まで吸い尽くしていた始末……!
このご時世、その手のクズはごまんと居る。だからホワイトは、クズを裁く役目をユーリアから引き受けた。だからこそ、ままならない現実を誰よりも知っている。
この子たちも現実を解っているのだろう。だから誰も頼らず信じない。身内だけで固まって犯罪で生計を立てる。身寄りも財産も職能も学力もない孤児はそうするしかないからだ。
ホワイトの知人の孤児院は問題ない。子供たちも最初は抵抗するだろうが、きっと納得してくれる。
「……ホワイト殿。いかがされましたか?」
「いや、なんでもない」
ホワイトは思う。
この子たちは本当に良い子たちだ。少なくとも昔のホワイト自身よりは。
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