1-5
「一仕事、終わったぞ。先輩」
闇夜の地上、さびれた居住区の一区画。
話し相手はほかでもない。
通称〈雷帝〉。ユーリア・エイデシュテット。
『そうか。ご苦労』
英雄たる彼女は怜悧な声で応えた。ホワイトもまた臆せず対等に口を利く。
「いくら殺してもキリがないな。自由の国の学院州は、いつから恥知らずなドブネズミの巣になったんだか」
『すまないと思っている。だがこの仕事を任せられるのは、背中を預けた戦友だけだ』
ユーリアが答える。それにホワイトは。
「先輩。こんなことを続けるくらいなら、あんたが州知事になるって考えはないのか? 望むやつなら大勢いる。議員や官僚や州軍に、マトモな人間が残っているうちに立ち上がれば」
『……すでに出た結論だよ、ホワイト』
プツン、と。ここで通信は切られた。
ホワイトはふと夜空を見上げる。肺を刺すような冷気。一二月の冬だ。吐く息が白い。
町はずれの工業地帯。錆びた放置車が路肩に散らばる街道の静けさ……。物流倉庫の軒下に横たわる幾人かの影。ミノ虫みたいに新聞紙に包まるホームレスたちを見遣って、ホワイトは通りがかったモーテルへと入る。
見慣れたボロ部屋。ノミやダニが先住民というお決まりの安宿だが個室と電気とシャワーがあるだけ天国の宮殿だ。ホワイトは知っている。死と隣り合わせの厳冬で、獣のように生命をつなぐ生活を。過去のスラムの記憶を。
下水道のねぐら。目と鼻を刺すぬるい臭気。
ハエ、ブヨ、ネズミ。生ゴミ、ガラクタ。
盗んだ缶詰。奪ったカネ。血濡れのナイフ……。
ホワイトはコイン式の熱いシャワーで汗を流し、寝支度を整えるが、ようやく気づく。
材木の端切れで作られた小棚。手帳サイズの聖書と一緒に、見覚えのある小冊子が置かれている。
『「
こんなところにも出回っているのか。ホワイトはベッドに転がって、お堅い表題の小冊子を手に取る。こういう読み物も眠たくなるにはうってつけだ。内容をかいつまみながらページを進める。
――この世でもっとも尊ばれるべきは「個人の権利と生命」である。人々が生まれながらに天から等しく与えられた人類普遍の原理である。
――よって、あらゆる権威や権力も「個人の権利と生命」を損なえず、制限や取引もできない。すなわち不可侵の概念である。すべての社会共同体(コミュニティ)は、これを尊重し、構成員に保障する手段において初めて存在を許される。
――斯くの理想を達成すべく戦うこと。それは、自明の正義である。
なるほど、とホワイトは思う。
アイリスさんとやら、あんたの理想は正しい。正論だ。誰にでもわかる。世界とは、人々とはそうあるべきなのだろう。
けれど、それと同時に。
「正しいだけ、だがな」
べつに誰に聞かせるわけでもない嘆き。
ホワイトは小冊子を放り投げ、眠気にまかせてまぶたを閉じた。
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