1-4
他者を見下す選民意識を、丁寧さで取り繕ったような鼻につく声だ。
「きこえなかったのか? 簡単な命令なはずだが」
隊長は柔和な笑みで、気絶した少女の頭を足蹴にしながらホワイトへ告げる。
「敵に人権はない。女子供も関係ない。前の大戦でそうだったようにな。ちがうか? 帝政圏スラム生まれの難民野郎。この隊で人間扱いされたいなら
そして。
命令を受け、ホワイトは拳銃を構える。隊長は満足げに眺める。隊員らは悪趣味に哂う。
ホワイトは気絶した少女の顔をみる。黒い髪。まつげ。体温で淡く赤い頬。口元。
構える。構えて、構える。そうして数秒。
結局、ホワイトはトリガーを引かなかった。
「……大戦の頃は使える〈魔導師〉だと聞いていたが、
ぽん、と気安く。
隊長はホワイトの肩をたたいた。
「そうだ。私も気が変わったよ。殺しはやめだ。女のガキは売るにかぎる。『お偉方』の需要があるからな」
私にはさっぱりだが……、などと付け加え、ほほえむ隊長は少女の顔を蹴り飛ばす。まるで転がっていた空きビンを足で除けたぐらいの感覚で。
「男のガキ飼ってる隊長が一番アレですよ」ある隊員が隊長をからかう。「その娘オレの!」「早くぅ! 早くぅッ!」ブーイングも混じる。当然ホワイトは蚊帳の外だ。そして。
「さあ野郎の諸君。おまちかねの白兵戦だ。時間は三〇分だぞ? 総員『着剣』! ――戦闘開始!」
その瞬間であった。
「雷導術――〈
隊員らが野獣の蛮行に及ばんとする刹那、青白い閃光が地下空間を染め上げた。おろかにも無防備だった隊員たちは皆、あられもない裸姿で倒れる。
その後、その場に立っていたのは。
「目ざわりだな。下品な猿ども」
「……新入り? いったいなにを!」
かろうじて
「隊長。わざわざおれが部隊に潜入して見定めてやったのに、所詮はあんたらリストどおりのクズか。処刑は確定だ」
「処刑、だと?」
うろたえる隊長に構わずウィリアム・ホワイトは豹変する。新入りの隊員から、死線を潜り抜けた歴戦の兵士へと。
帯電した飴色の乱髪。ヘーゼル色のくすんだ瞳。
無の表情にして、超然たる振舞いと、澄んだ殺意。
隠した本性と魔導力を、ホワイトは露わにする。対して隊長は怯むばかり。実力差は歴然。
ホワイトは告げる。
「それと一つ。さっきは殺せ殺せと煽ってくれたが、そいつは的外れだ。殺しってのは相手を選ぶ。殺すべき人間とそうじゃない人間とを、正確に慎重に……、違うか?」
タンッ、タンタンッ、と。
ホワイトは一瞥もせずに倒れた隊員を撃ち抜く。よどみない射撃。一人一発。頭蓋が砕けて、血と脳漿がとび散り、彼らは動かぬ肉塊となった。隊長は戦慄し、息を乱す。
「オマエっ、いったい何者だ⁉」
「あんたがさっき言った通り、おれは帝政圏スラム生まれの難民野郎さ。スラムでも戦場でも同じように命を奪ってきた」
タンッ。タンッ。続けて撃つ。死体が増える。隊長は震える。
「テロリストめ! 〈革命派〉のスパイめ!」
「そうかもな」
タンッ。残りは四人。隊長は腰を抜かす。ホワイトは眉一つ動かさず、散らされた小冊子を手にとる。
題名は「
著者名はアイリス・レイ。
ページをめくって、目についた一節を気まぐれに読み上げる。
「――『この世でもっとも卑劣な行為とは、強者の立場から、一方的に、弱者の尊厳を踏みにじる行いである』……か。このアイリスさんとやらの考えに則れば、あんたら人でなしの獣は死んでも当然らしいぞ」
ホワイトは隊長へと近づく。
タンッ、と。手近な隊員を撃ちつつ。
「だが隊長。チャンスをやる。おれの額を撃ってみろ。おれの
目前の間合いでホワイトは告げる。
その後。
隊長はやけくそに叫び、手にした拳銃のトリガーを引いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます