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 他者を見下す選民意識を、丁寧さで取り繕ったような鼻につく声だ。


「きこえなかったのか? 簡単な命令なはずだが」


 隊長は柔和な笑みで、気絶した少女の頭を足蹴にしながらホワイトへ告げる。


「敵に人権はない。女子供も関係ない。前の大戦でそうだったようにな。ちがうか? 帝政圏スラム生まれの難民野郎。この隊で人間扱いされたいなら合聖国USSへの忠誠を示せ」


 そして。

 命令を受け、ホワイトは拳銃を構える。隊長は満足げに眺める。隊員らは悪趣味に哂う。

 ホワイトは気絶した少女の顔をみる。黒い髪。まつげ。体温で淡く赤い頬。口元。

 構える。構えて、構える。そうして数秒。

 結局、ホワイトはトリガーを引かなかった。


「……大戦の頃は使える〈魔導師〉だと聞いていたが、下賤な同類おなかまさんは撃てないか」


 ぽん、と気安く。

 隊長はホワイトの肩をたたいた。


「そうだ。私も気が変わったよ。殺しはやめだ。女のガキは売るにかぎる。『お偉方』の需要があるからな」


 私にはさっぱりだが……、などと付け加え、ほほえむ隊長は少女の顔を蹴り飛ばす。まるで転がっていた空きビンを足で除けたぐらいの感覚で。

「男のガキ飼ってる隊長が一番アレですよ」ある隊員が隊長をからかう。「その娘オレの!」「早くぅ! 早くぅッ!」ブーイングも混じる。当然ホワイトは蚊帳の外だ。そして。


「さあ野郎の諸君。おまちかねの白兵戦だ。時間は三〇分だぞ? 総員『着剣』! ――戦闘開始!」


 その瞬間であった。


「雷導術――〈雷霆波トゥール・フラッシュ〉」


 隊員らが野獣の蛮行に及ばんとする刹那、青白い閃光が地下空間を染め上げた。おろかにも無防備だった隊員たちは皆、あられもない裸姿で倒れる。

 その後、その場に立っていたのは。


「目ざわりだな。下品な猿ども」

「……新入り? いったいなにを!」


 かろうじて導障壁バリアを張った隊長と、青白い電光をほとばしらせたホワイトのみ。


「隊長。わざわざおれが部隊に潜入して見定めてやったのに、所詮はあんたらリストどおりのクズか。処刑は確定だ」

「処刑、だと?」


 うろたえる隊長に構わずウィリアム・ホワイトは豹変する。新入りの隊員から、死線を潜り抜けた歴戦の兵士へと。

 帯電した飴色の乱髪。ヘーゼル色のくすんだ瞳。

 無の表情にして、超然たる振舞いと、澄んだ殺意。

 隠した本性と魔導力を、ホワイトは露わにする。対して隊長は怯むばかり。実力差は歴然。

 ホワイトは告げる。


「それと一つ。さっきは殺せ殺せと煽ってくれたが、そいつは的外れだ。殺しってのは相手を選ぶ。殺すべき人間とそうじゃない人間とを、正確に慎重に……、違うか?」


 タンッ、タンタンッ、と。

 ホワイトは一瞥もせずに倒れた隊員を撃ち抜く。よどみない射撃。一人一発。頭蓋が砕けて、血と脳漿がとび散り、彼らは動かぬ肉塊となった。隊長は戦慄し、息を乱す。


「オマエっ、いったい何者だ⁉」

「あんたがさっき言った通り、おれは帝政圏スラム生まれの難民野郎さ。スラムでも戦場でも同じように命を奪ってきた」


 タンッ。タンッ。続けて撃つ。死体が増える。隊長は震える。


「テロリストめ! 〈革命派〉のスパイめ!」

「そうかもな」


 タンッ。残りは四人。隊長は腰を抜かす。ホワイトは眉一つ動かさず、散らされた小冊子を手にとる。

 題名は「個人の権利と生命コモン・ライト」。

 著者名はアイリス・レイ。

 ページをめくって、目についた一節を気まぐれに読み上げる。


「――『この世でもっとも卑劣な行為とは、強者の立場から、一方的に、弱者の尊厳を踏みにじる行いである』……か。このアイリスさんとやらの考えに則れば、あんたら人でなしの獣は死んでも当然らしいぞ」


 ホワイトは隊長へと近づく。

 タンッ、と。手近な隊員を撃ちつつ。


「だが隊長。チャンスをやる。おれの額を撃ってみろ。おれの導障壁バリアが防ぐかあんたの弾丸が貫くか、それで決まりだ」


 目前の間合いでホワイトは告げる。

 その後。

 隊長はやけくそに叫び、手にした拳銃のトリガーを引いた。

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