1-3

 


 面を食らった彼らが目にしたのは暗いモスグリーン色の車列であった。

 総数にして七〇両。主力戦車M60装甲輸送車M113。兵員満載のカーゴトラック。すなわち州知事直轄の軍事力。ラザルス州軍部隊。

 鋼鉄の彼らは警告をしない。戦車砲や機関銃で暴徒をにらむ。まさに戦場の静けさ。


「殺す気か?」「脅しだろ。さすがに」

「いや、なんか砲が動いて……」「おい逃げ」


 突如、戦車砲が轟いた! 機関銃も唸る! 暴徒の最前列は叫ぶ間もなくミンチになった。

 爆音から数秒し、事態を理解した者だけが蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。

 あとは狩りも同然であった。ある者は背中を撃たれる。ある者は命乞いもむなしく頭を撃ち抜かれる。ある者は前進する装甲車に轢き殺され、原型を留めることなく……。

 結果、大通りは肉片と血糊で舗装された。

 暴徒は一掃され、夜明けを待たずして学院州に秩序がもたらされた。



 話は戻り、地下の世界。


「諸君ご苦労。任務は、完了だ」


 隊長の声。特殊部隊員ウィリアム・ホワイトは拳銃をホルスターへと収める。

 特殊部隊は地下アジトに潜んだテロリストを制圧し、構成員すべてを捕縛。任務は成功裏に達せられた。

 拘束したテロリスト十数名は少年少女で相当量の魔導力を放っている。おそらくは戦災難民出身のゲリラで、希少な〈魔導師〉だ。

 ホワイトには解る。部隊が勝てたのは合聖国上流階級の子弟血のエリートで編成されていたからだ。数を頼んだ群衆警備にまわされる警務隊員といった、魔導適正にとぼしい凡人にこの仕事は務まらなかった。

 なぜなら〈魔導師〉は、魔導に恵まれる先天的素養――『若さ』『遺伝子』が最重要だから。その意味で、エリート学生自治を理念とするラザルス学院州は魔導人材の宝庫なのだ。ゆえに反体制側にも魔導の手練れが現れるのだが。


「隊員各位。地上の暴徒どもは我々州軍に一掃された。もっとも、警務隊員には相当の被害が出たとのことだ」


 隊長の知らせに、隊員はくだけた世間話を交わす。


「恩知らずのクソ難民も、これで黙るだろ」

「スラム連中も皆殺しにしとけばいいのによ」

「あぁ、山肌にびっしり住み着きやがる小便臭いアレか」


 特殊部隊の精鋭とは思えない、ゆるみきった歓談。

 しかしホワイトは終始無言で、隊員らも彼には話を振らない。まるでホワイトの存在を否定するかのように。


「したっぱ警務も死んだって」

「だろうな。魔導も使えない低能だし」

「そういうなよ。俺たちエリートの下僕は社会の必需品だろ? 献身の証としてタダ働きで道路やダムを造ってくださるのが難民サマだ」

「……ええ、そこは感謝してますよ。


 だがホワイトは意に介さず、アジト内部を見回す。殺風景なコンクリートの壁面。廉価品のパイプ椅子と長デスク。生活感は皆無。目につく物はうずたかく積み上げられた印刷物の数々だけ。



『抑圧されし世界人民よ、団結せよ! ――革命準備評議会主席 レ=テウ』

『「個人の権利と生命コモン・ライト」――アイリス・レイ』



 威勢のいい宣伝ビラから、お堅い表題の小冊子まで。

 ホワイトは考える。拘束された少年少女はこれらに影響されて決起したのだろうが、おかしな話じゃない。事実上の敗戦後の世の中だ。どうにもならない貧しさや不満はそこらにあふれている。

 強者は義務を果たさず保身に走り、弱者は不満のはけ口にされる。現実は腐りきっている。


「ところで新入り隊員。この子を殺してみてくれ」


 唐突に。隊長の冷たい声が、ホワイトの意識を現実へと引き戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る