戦後/合聖国学院州編

1-1



  一章 自由の国の、自由の学院州ラザルス=グランデ



 ――きみは将来、どんな大人になりたい?


 子供の頃のクリスマス・イヴ。ウィリアム・ホワイトは、とある青年から問われた。

 それに「センセイみたいな人」なんて照れ隠しでぶっきらぼうに答えたのを、一八あたりになった今でも覚えている。

 無理もない。ホワイトは孤児で、帝政圏の植民地スラムに産み落とされた。

 誰からも愛されずに生き抜いた。群れずに独り、街で盗み殺しを繰り返しては逃げる日々。そして、命数尽き果てた時にはじめて手をさしのべてくれた恩人こそ「センセイ」と慕われる青年だったのだ。

 憧れた「センセイ」の姿を、ホワイトはよく覚えている。どんな苦しみや悲しみも背負ってくれそうな大きな背中。薄い丸眼鏡のむこうの穏やかな瞳。純白の帯ストールを首元に掛けた、牧師のガウン姿……。

 彼は〈魔導師〉だった。

 強くて優しくて、物知りだった。ホワイトが、初めて尊敬した人だった。

 読み書き計算。魔導の基礎と応用。彼はなんでも教えてくれた。

 ケガや病気も。服も食事も住む場所も。彼はすべて解決してくれた。

 そして彼は、遠い海のむこうの国――合聖国USSから来たという。曰く「帝政の抑圧から人々を助けにきた」「世界に自由と平和をもたらす」。見捨てられた孤児たちを引きうけていたのも、そんな正義を果たすためだったらしい。

 幼き日のホワイトは確信していた。もし神が実在するのなら「センセイ」との出逢いこそがホワイトに差しのべられた救いの手だと。彼こそが真実の希望だと。

「センセイ」は、とある授業で「将来の夢」を黒板に書きはじめた。仕事の数々から生き方まで、楽しそうに語っていた。

「センセイ」はこう言っていた。

 知識と技術は身を助けると。学びは未来を拓くと。

 無価値な人間なんて誰もいないと。愛と理想で世界は変えられると。

 そして、きみたちは優秀な〈魔導師〉になれる力があると。

 みんなを守って、救って、笑顔にできる力。貧困も争いもない世界を創れる力。

 そんな力を正しく使えば、世界中で語り継がれる偉人にだってなれる……、と。

 そうして。勃発した大戦の末期。〈魔導師〉の彼は戦場へと赴き、大勢の難民を逃がすために戦場に残り、故郷の合聖国USSにはついぞ還らなかったそうだが。


『――各リーダー、状況知らせ』

『A小隊、配置よし』『B小隊、異常なし』『C小隊、オール・オーケー』


 ホワイトの遠い追想に、導石式無線機トランシーバーの無粋な交信が水をさす。放棄されて久しい地下区画ゆえか雑音もない。簡潔な報告が隊長に寄せられる。

 三隊編成、総員一二。軍隊仕様の導護外套ローブを身にまとった〈魔導師〉たちで、州軍きっての特殊部隊。彼ら〈魔導師〉は少数精鋭が常識であり、シームレスな連携と、卓越した個の魔導打撃力を以て最高のパフォーマンスを発揮する。

 部隊の目的は明快。アジトに潜伏する反体制派を捕縛すること。

 下っ端よりも幹部を。幹部よりも指導者を。迅速に効率的に、だ。


『――よろしい。作戦はスケジュールに従い開始。敵〈魔導師〉の存在に留意せよ』


 隊長が告げる。


『――合聖国に仇なすテロリストに、われら秩序の鉄槌を下せ』


 時刻、二〇三〇。命令が下る。

 アジト突入まで秒を読む。

 とある「任務」を帯びた特殊部隊員ウィリアム・ホワイトは、虚ろな目を開いて拳銃を構えた。

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