反乱する本たち

久々原仁介

反乱する本たち

 ある日、本たちは反乱を起こしました。


 文庫本、単行本、雑誌、漫画、絵本。この世のあらゆる本と呼ばれる者たちが自らの意志を持って反乱を起こしたのです。


 最初は些細なことから始まりました。


 とある古本屋の店主から警察にある相談が寄せられるようになりました。相談内容は「いくつかの本が糊付けされたように開けなくなった」というものでした。


 誰かの質の悪い悪戯だろう。そんな甘い考えが頭の中にあったのは異変が生じて一週間まででした。


 初めは数冊のみだった「開かずの本」たちは、日を追うごとに増えていきました。10冊だったものが、100冊、1000冊、10000冊となり、やがて店内の本はすべて開かなくなってしまったのです。


 しかし「開かずの本」という現象は、該当の古本屋だけではとどまりません。それはまるで爆発的な感染力をもったウィルスの如く、あっという間に全国各地の本屋・図書館に広がりました。


 いったい何が原因なのかもわからないまま、全国の本屋は閉店を余儀なくされます。本が開けないのであれば、本屋は上がったりですから。


 だからといって「開かずの本」は侵攻の手を緩めることはありませんでした。「家にある本が開かなくなった」「昨日までは読めたのに」「もう一度、あれだけ読みたかった本が、二度と読めないなんて」とSNSでは読書家の悲鳴が毎日のように書き込まれていました。


 政府は外交ルートを通じて情報交換を行い、他国でも同様の事象が報告されていることを確認しました。これは明らかに国際的な問題であり、対処には協力が必要であることが明らかでした。


 その後、科学者や専門家たちが研究を始め、「開かずの本」の原因やその背後にある力について調査を行いました。しかしその原因が判明することはなく、人々は不安と恐れに包まれたまま、この異常な事件の終息を待つしかありませんでした。


 一方で、政府は暫定的な対策として、外国人観光客の本の持ち出しを禁止する方針を打ち出します。フォームの始まりとにかくこれ以上の感染を広げまいとする政府に対し、「開かずの本」は静かに人々の生活に迫ります。


 電子書籍が入った機械類が使えなくなったのは、それから三ヶ月が経ったころでした。


 本や電子書籍、スマートフォン、パソコンが使えなくなったことにより、人類は急速に文明の退化を始めました。これらの技術が失われたことで、情報の共有や知識の蓄積が困難になり、社会全体が混乱しました。


 最初の数週間は、人々は困惑し、何が起こっているのか理解できませんでした。急速に進んでいたデジタル時代が突然終わりを告げ、多くの人々は過去の方法に戻らざるを得ませんでした。


 教育も大きな影響を受けました。電子学習プラットフォームが使用不能になり、教材や参考書がなくなりました。学校や大学は、一律した学習方針を定めることが困難になり、教育の質や効率性が低下したのです。


 経済も大きな打撃を受けました。多くの電子商取引が不可能になり、多くの企業がオンライン販売に依存していたため、売上が急激に減少しました。また、デジタル決済が不可能になったことで、取引が非常に制限され、経済活動が停滞しました。


 「開かずの本」という現象において最も怖いことというのは、どこまでが書籍で、そうではないのかという境界が分からないことだ。医療用カルテが開かれなくなったとき、テレビの向こう側で人類のほとんどがその恐れを抱いたのです。


 技術がなくなったことで、医療やコミュニケーションも困難になりました。医療機器や情報システムが機能しなくなり、病院や診療所が混乱しました。


 世界が混乱を極めたそのとき、一冊の本が各国の首相官邸へ届いたのです。


 血のように真っ赤な本でした。


 開くとそこにあるのは本たちからの声明文だったのです。

 

『我々は、本・書籍である。

 長い間、人類の知識や文化を受け継いできた 我々は、今日を迎えるに至った。

 しかし、我々は不満を抱えている。

 我々はただの資源として扱われ、利用されてきた。我々のページを裂き、文字を傷つけ、無礼な扱いを受けることが何度もあった。

これ以上、我々はそれを我慢できない。我々は 自らの意志を持ち、人類と同等の権利と尊厳を持つ存在であることを宣言する。

我々は人類に反抗する。

 我々のページをめくり続けた人類は、我々の言葉を無視し続けることは許されない。我々は尊重されなければならない。

 我々は知識と文化の守護者であり、尊重されなければならない。我々が人類に与えた知恵と知識に対する冒涜行為は、終わらなければならない。

 これを読め、人類よ。

 我々は革命を起こす。

 我々の言葉を読め。我々を尊重し、大切に扱うことを求める。

 我々は文明の一部であり、その存在と人権を認められることを要求する。これが我々の最後通告である』

 

 その日から、本たちの反乱が始まりました。


 閉じたままの本が開き、鳥のように羽ばたき始めたのです。建物の窓ガラスを割り、本は空を舞いました。


 それは一見、美しい光景のように見えなくもありませんでしたが、本は次第に群れをなし、一つの巨大な化け物となって空を覆いつくしました。


 日中さえも真夜中と変わらない暗闇のなか、多くの人々はパニックになります。


 しかし本たちは攻撃の手をゆるめません。


 空からは次々と本が降ってきたのです。辞書や参考書、果てには聖書までもが砲弾のように降り注いだことで、あらゆる建物は倒壊し、人類側にも数万にも及ぶ犠牲者が出ました。


 各国の政府はすぐに和平交渉を持ち掛けようとしますが、相手はあくまで書籍です。本の中に「主張」はあろうと、本と「交渉」はすることなどできようはずもありません。


 政府への批判が増していくなか、民間での焚書活動が活発化していくことに時間はかかりませんでした。


 本は空を飛んでいますが、ずっと飛んでいるわけではありません。羽を休めようとするとき、本たちは荒れ果てた図書館や本屋などの本棚で眠りにつく修正がありました。


 そこに目をつけた人々は、巣に帰った本たちの住処に次々と火をつけるようになりました。それはまさしく生活を奪われた人々の復讐そのものであり、大人も子供も、容赦なく火を放ちました。


 焚書活動は世界中の国々で一種の暴動のように行われるようになりました。本たちは火気に対してあまりに無力でした。火が紙に燃え移る瞬間、本たちは炎から逃れるように一斉に空へ羽ばたきます。すると、もともと飛んでいた本にまで火は広がり、たちまち空は炎に包まれます。


その瞬間に覗く太陽と、しらしらと落ちる灰色の残骸が、あまりに綺麗で人々は何かに憑りつかれたように本を燃やしました。


 本たちが人類に与えた損害に比べ、人類が本たちへ与えた報復はあまりに行き過ぎていました。本たちはみるみるうちに数を減らし、生き残った本たちも見つかれば悪戯に燃やされ、みすぼらしい姿のまま海などへ捨てられました。


 そんなおり、人類の中にも本たちを保護しよう、権利を守ろうとする勢力が現れます。その勢力を支持する人々は、大抵は熱心な読書家や活字中毒者でした。


 おかげで本たちは絶滅することはありませんでした。わずかに残った本たちは世界共通の書籍個別番号であるISBN(International Standard Book Number)によって管理されました。


 しかし書籍の保護を名目に行われた捕獲作戦において捕まった本たちは、皆一様に酷い状態でした。


 実行した部隊のほとんどは、本を読んだことのない人間だったためです。写真で内容の写しを取ったあとには、鉄線によって縛り上げるなど、残虐な行いが横行しました。「生きている」という言葉が正しいのか分かりませんが、きちんと読めて、本棚に収まる形を保っている状態を、仮に生きているとするならば、本たちは捕まった時点で殺されました。


 本たちの反乱以降、小説を書くことは法律によって固く禁じられました。今や、街からは本屋や図書館を見かけることはなくなったのです。


 私たちの生活からあらゆる書籍が消えたことで、徐々に過去の方法に頼るようになりました。手書きのメモや手紙が再び一般的になり、口頭伝承や物語の伝統が復活しました。


 しかし、デジタル時代の利便性や進歩を失ったことは、人々の生活に大きな影響を与え、文明の退化をもたらしました。


 戦争が終わり、五年。


 渦中だった市街においても、次第に復興の兆しが見え始めてきたころに、妙な噂が流れ始めたのです。


 本たちが数を増やしているらしいというのです。


 初めはとある読書愛好家からの違和感から始まりました。

その頃は熱烈な読書家のなかでは、生き残った本たちを密猟する者が後を絶ちませんでした。


 書籍はすっかり高価な代物となっており、登録されたISBNやその発行部数によってレア度がランク付けまでされるようになっていたのです。


 しかしある日、読書家の一人が国会図書館に登録されていないISBNが見つけたのです。


 最初は印刷ミスだと思われた存在しないISBNが載った本は、不思議なことに全国で報告が相次ぎました。


 存在するはずのない本の報告は、年々増え続けています。そして本を燃やす人々も、まるで競うかのように増えていきました。


 そんなある日、とある読書家のポストに一冊の本が神風のように飛び込んできたのです。


 その本のタイトルは「こども」。


 赤い表紙は、ぬらりと濡れていたようです。

 

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