疾駆する黒きアシンメトリー

鳥辺野九


 僕はニンジャになりたかったのかもしれません。




 初めて職務質問を受けた夜は風のない少し寒い夜だった。

 当時の僕は自転車にのめり込んでいた。スポーツタイプのマウンテンバイク。そんなMTBのカスタムにハマっていた。

 仕事柄独自ルートを開拓できる立場にいて、自転車レースにも対応した国産純正パーツから海外輸入のこれ日本で買えるのかってブツまで仕入れることができた。

 それらの自転車パーツを自分で選んで、イチからオリジナルのMTBを組み立てる。プラモデル感覚があって熱中したものだ。

 かと言って、僕はMTBレースに出場するような競技者ではなく、汗をかくのをこよなく愛するスポーツマンでもない。どちらかと言えば陰に籠ってコツコツと一つのモノを完成させることを好むタイプだった。

 僕は最軽量のMTBに挑戦していた。市販されているMTBは普通に保安部品も付いているので十数キログラムあり、レース仕様車でも8、9キログラムが妥当な線だ。目指せ、最軽量。目標はレース仕様車越えの軽さ。

 カーボンモノコックのフレーム。ギアのコンポはやっぱりシマノの高機能タイプだ。ハンドル周りはアルミニウムの軽量素材で固める。どんどん調子に乗ってくる。スタンド、泥除け、ベルや反射板、ヘッドライト。要らぬ。外そう。サドルもペラいプラスチックパーツにシリコンを貼り付けた程度のケツが十字に割れそうなモノにチェンジ。フロントギアも一枚だけ残してディレーラーごと撤去だ。ギア比? 軽量化のため無視する。ホイールもスポーク数の少ない軽量タイプ。タイヤはオリンピック選手も履いていたオンロード仕様の軽い奴を履かせる。

 軽量化を追求したパーツチョイスでついに8キロ台のMTBが完成する。

 ちょっと、試運転してみようかな。MTBが軽いんだ。僕も軽量化しよう。黒いジャージ。軽い黒のスニーカー。試運転でそこら辺を転がすんだ。財布も携帯電話も要らない。ちょっと寒い夜だ。黒のネックウォーマーを首に巻こう。

 そして僕は全身を黒に染め抜いて、闇夜の中へ、真っ黒い最軽量MTBで走り出した。

 長い直線のバス通りに出て、いざ、最軽量で最高速を、と意気込んではみたもののMTBの軽さを実感するよりも早く一台のパトカーとすれ違った。

 漆黒の僕とMTBを視認するや否やUターンして追いかけてくるパトカー。


「そこの無灯火の自転車、止まりなさい!」




 いくら最軽量のMTBとは言えライダーである僕はほぼノーマルな運動能力です。ぶっちぎって走り去るわけにもいかず、素直に停車しておまわりさんが降りてくるのを待ちます。


「君、無灯火で真っ黒い格好していたら車からまったく見えないよ! 何やってんの!」


「あ、いや、違うんです」


 違うんです。何がどう違うんでしょうかね。どうして後ろめたい気持ちがあるとこのワードが出てくるんでしょう。


「何が違うんだ?」


 おまわりさんは詰めてきます。当然です。真っ黒い格好して真っ黒い怪しい自転車に乗った無灯火の不審者が「違う」って言ったって違わないわけがあるはずもないんです。


「何やってんの?」


「僕、忍者になりたくて……」


 すっかり気が動転した僕の口から出た言葉は「ニンジャ」でした。

 寒い夜、職務質問の始まりです。

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