物件探し

クロノヒョウ

第1話



あおい、いい物件見つかった?」


 待機室に戻った私に愛羅あいらが話しかける。


「ううん、まだ誰も」


「そっかぁ、じゃあ優良物件を呼び出すかな」


「また斉藤さん? なんかいつもご馳走になって悪くない?」


「大丈夫大丈夫。斉藤さんは私のこと大好きだから。呼んだら喜んで飛んでくるよ」


 天使のような愛くるしい笑顔でスマホを手にする愛羅。


「愛羅さん、ご指名です」


「あ、はぁい。じゃあね葵、後でね」


「うん、行ってらぁ」


 愛羅は笑顔でボーイの後ろをついていった。


 キャバクラで働いていた私たちは同じ年ということもあってすぐに仲良くなった。


 私は生活費の足しのため、愛羅は語学留学のためのバイトだった。


 お店が終わって食事をご馳走してくれるお客様、あるいは恋人候補を探す。


 それを私たちは物件探しと言っていた。


 斉藤さんは愛羅にメロメロなお客様で、食事だけではなくその後のバーやカラオケ、帰りのタクシー代まで持たせてくれる、いわゆる優良物件なのだ。


 まさかその斉藤さんと愛羅が結婚したなんて。


 私はたった今送られてきた二人の挙式の写真を見ながらあの頃を思い出して懐かしんでいた。


 あれから三年が経っていた。


 お金が貯まったからと愛羅がお店を辞め、しばらくして私も夜のバイトから足を洗った。


『葵もいい物件見つけなよw』


 メッセージを見て思わず笑みがこぼれた。


 純白のウエディングドレスに身を包まれた愛羅は本物の天使のように綺麗だった。


「……な、葵、ここでいいんじゃない?」


「えっ? あ、うん! いい!」


「静かだし駅も近いし広さもちょうどいい」


「うん、そうだね」


 私は今、婚約者と住宅の内見に来ている。


「よし決めた! ここにします」


「ありがとうございます……」


 彼と営業の人が話している隙に私はスマホの画面に目を落とす。


『愛羅、結婚おめでとう! すごく綺麗だよ!』


 そう送信し幸せいっぱいの愛羅と私は心の中でハイタッチした。


 私たちのあの頃の物件探しは今、最高の笑顔で幕をおろした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物件探し クロノヒョウ @kurono-hyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ