謎の超高級住宅の内見
どこかのサトウ
謎の超高級住宅の内見
エリート御用達の不動産会社として名高いロイヤルフラッシュ不動産。
彼らが取り扱う物件は何億、何十億という目が眩む法外な値段だというのに、売りに出されれば即完売となるという。
「いらっしゃいませ、お客様。ロイヤルフラッシュ不動産へようこそ」
「貴様ら、人身売買をしているそうだな」
警察手帳を見せた二人の刑事は対応に当たった男を注視した。
だが動揺を一切見せることなく、完璧な対応で惚けて見せた。
「ご冗談を——当店はあくまで不動産業。人身売買など」
「だがそういうタレコミが入ったんだ」
「嫌がらせの類でしょうか。分かりました。では私達が至って真っ当な商売だということを証明することに致しましょう」
「どうやって?」
「私共が管理している住宅、そのひとつを内見して頂ければ——自ずと分かるでしょう」
リムジンに乗り込み、向かった先は高級住宅街の一角に建てられた超高級マンションだ。エントランスにはモデル雑誌に出てくるような見目麗しい使用人たちが並んでいた。
「彼らは?」
「お客様のありとあらゆる要望に対応するために、私共が高度な教育を施したコンシェルジュ・アシスタント、私共はコンシェストと呼んでおります」
「コンシェスト……ですか」
「はい。おはようからおやすみまで、お客様を支えることが彼らの仕事。物件には賃貸、分譲のそれぞれにコンシェストをご用意しております」
突然、後輩刑事が驚きの声を上げた。何やら気がついたようだが……
「先輩、あの子。昔アイドルグループでセンターにいた柏木舞ちゃんですよ! 芸能界を引退したって聞きましたけど、こんな所にいたんですね! ちょっと待ってください。ということは、もしロイヤルフラッシュ不動産の住宅を購入、もしくは借りると、柏木舞ちゃんが……?」
「仰る通りでございます。コンシェストである柏木舞が、お客様ためにおはようからおやすみまで、サポートさせて頂きます」
「ひょぇ〜! そりゃ凄い」
「つまり……コンシェストというのは『家政婦』ということかな?」
「それもひとつの仕事にございます」
男は刑事の質問に意味深げに答えた。
「刑事さん達が内見したいそうです。どなたか……いらっしゃいませんか?」
柏木舞と、もうひとりのコンシェストがこちらへとやってくる。いったいどれほど厳しい訓練を乗り越えてきたのか。そのひとつひとつの動作が大変美しかった。
「柏木舞でーす」
「立花歌恋と申します」
柏木舞がまるで恋人のように後輩刑事の腕を取ると、彼の鼻の下が伸びきった。
それを見て先輩刑事は心の中でため息をついた。刑事としての自覚がまだまだ足りないようだ。地獄の連続背負い投げ30回を受けさせることに決めた。
大理石を張り巡らせたエントランスからエレベータに向かう。扉が開き、立花が先に中に乗り込むと、ドアが閉まらないように手で押させた。
「どうぞ」
「失礼」
エレベーターに乗り込むと良い香りが漂う。
「さすが超高級マンションだな。エレベーターの中まで良い香りがする」
先輩刑事が至極真面目にそんなことを言うので、柏木舞が笑った。
「天然ですか?」
後輩はニヤニヤと笑いながら頷く。
「先輩は仕事一筋っすから」
その解答で、柏木舞は何かを理解したようだった。
最上階である8階へと到着し、物件の中へと案内された。
超高級マンションの内装は非現実的なほどに豪華だ。リビングには強化ガラスの壁が張り巡らされ、大理石の床の上には大きなソファーが置かれていた。
カウンターキッチンの一角には鉄板焼きが楽しめるスペースまで設けられている。
「立花先輩、お願いします」
「わかりました。では私が腕を振るわせて頂きます」
立花がキッチンに歩いていくと、冷蔵庫からステーキを取り出して焼き始めた。
「内見にこられたお客様には、サービスで提供させて頂いておりますから、遠慮せずにお召し上がりください」
肉が焼かれた良い香りが周囲に充満していく。換気扇もほとんど音がしていないのに、煙が換気ダストへと吸い込まれていく。
カウンタの椅子に座って、周囲を眺めてみる。
冷蔵庫といった代表的な電化製品はもちろん、食器洗い乾燥機、水回りのシンクも無駄に贅沢な作りになっている。入居すれば、すぐにでも生活ができるだろう。
「君たちに聞きたいんだが、人身売買というのはどういうことだろうか」
「そうですね。私の考えでよろしいでしょうか? どうぞ刑事さん。お口に合えば良いのですが——」
肉が焼き上がったようだ。ナイフとフォークの入った食器入れを手渡された。
「聞かせてください」
「コンシェストは担当物件を専門に請け負っているんです。この分譲マンションですが、担当コンシェストはそこの柏木です」
「素敵なお部屋でしょう?」
「不動産ですから、当然売りに出されるお客様もいます。コンシェストはここにある家具や家電と同じ、付属されている物とお考えいただければ——」
後輩刑事が、あっと驚きの声を上げる。
「なるほど、売り買いしているのは飽く迄不動産なんですね。でも担当しているコンシェスト目当てというのも」
「当然あるだろうな……」
「少し良いですか、刑事さん」
「何か?」
「正直に言いますと、このマンションって私の持ち家なんです」
「持ち家?」
「はい。後輩刑事さんはご存知みたいなんですけど、私、昔TVに出ていまして、結構稼いでいたんです。そのお金でこのマンションを購入したんです。で、購入したマンションで、コンシェストやってるわけです。おはようからおやすみまで。これがどういう意味だかわかりますか?」
「……つまり、どういうことだ?」
「先輩鈍いっすね、高級マンションで元アイドルの柏木舞がおはようからおやすみまで世話してくれるってことは、彼氏募集中ってことっす」
「ふむ。結婚相談所も兼ねているということか」
「概ねそんな感じです。ロイヤルフラッシュ不動産は、事業に成功した男性や女性を対象に絞った商売をしていますから。それに政治家の大御所と言われる人たちと付き合いもありますし——」
後輩刑事の携帯に電話がなった。驚くほどのタイミングの良さだった。
「——はい、はい。えっ、手を引けということですか? はい、はい。わかりました。先輩にも伝えておきます」
携帯を切った後輩が諦めた表情で言った。
「先輩、上から圧力が掛かったそうです。この件に関しては手を引くようにとのことです」
再び、エレベーターに乗り込むと、柏木が話しかけてきた。
「ちなみに先輩刑事さん。もし良かったら今度のお休みの日に、立花先輩が受け持つ住宅の内見に行きませんか?」
だがその一言に先輩刑事は自嘲した。
「ははっ、安月給の刑事に何を言っているんだ」
柏木舞は口元で指先を立てて振ったあと、先輩刑事に耳打ちをした。
「ち、ちっ、甘いですね——ここだけの話、値段交渉もできるんです。そしてそして、大の刑事ドラマ好き。なので頑張ってください」
エレベーターは大変静かで、狭い空間だ。当然その会話は隣にいる後輩や立花にもばっちし聞こえていただろう。
先輩刑事は立花の顔色を伺うと、彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「ねぇねぇ、舞ちゃん。もし俺が舞ちゃんの担当するこのマンションを購入したいと思ったら、いくら払えば良いっすか!?」
「そうですね〜 ではこのマンションと同じ価格、8億でどうです?」
案の定、後輩刑事は崩れ落ちた。それを見て柏木は楽しそうに笑い、彼の肩を叩いて励ましている。
先輩刑事と立花は少し驚いた顔をして見つめ合った。柏木舞のコンシェストとしての価格がそこに含まれていない。つまりそれだけの経済力があれば、後輩刑事を支えることに吝かでないと彼女は言っているのだ。
「ぜひ、いらしてください。そこの後輩の刑事さんとご一緒に——」
彼女は後輩のために協力してくれるようだ。ならば、一肌脱いでみるのも悪くない。
先輩刑事は、立花歌恋がコンシェストを務める住宅の内見に行くことに決めたのだった。
〜〜 おわり 〜〜
謎の超高級住宅の内見 どこかのサトウ @sahiri
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