第12話──後日談──
退院して二週間と少しほど。幸い、ごくごく軽度の脳震盪以外の怪我もなく、すぐに元気に学校にも復帰できた。そんな俺は今日、千堂家に呼ばれていた。今日は我ら双子の誕生日、そして浅葱の祥月命日なのだ。
チャイムを押して、返事が返ってきたので名乗る。
「山野です。」
すぐにドアが開いて、中から縹さんが飛び出してきた。
『悠祐くん、ゆくくけくん、よかった、よかった!』
生まれつきの障害で話せない縹さんは、筆談用の文字盤つきパネルを使って話している。勢いがつきすぎて“ゆうすけ”のフリック入力が“ゆくくけ”になっているが、その打ち直しをする暇もなかったくらい、俺との再開に喜んでいる。
『この一年間ほど、寂しかったわ。私にとって悠祐くんはもう一人の姉弟だし、大切な存在』
縹さんが俺の手をとって、ぽろぽろと涙を流す。悪魔の契約の代償にとられていたとはいえ、忘れていたことは本当に罪なことだと思い知った。
『さぁ、中に入って入って』
縹さんに背を押されて、千堂家の家に足を踏み入れた。
玄関口で浅葱のお父さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。久しぶりだね。」
「お久しぶりです、えーっと……」
「そこまでは思い出せなかったかね。私のことは好きに呼ぶといい。以前は紺一おじさんと呼ばれていたよ。」
「では……お久しぶりです、紺一おじさん。」
浅葱のお父さんをどう呼ぶか一瞬迷ったが言われた通りに呼ぶと、紺一おじさんは満足そうに笑った。
『そろそろお坊さんが来るわね』
「そうだな。縹の言う通り、そろそろ時間だ。」
今日の法要は俺の家族全員も呼ばれていたのだが、あいにく両親は抜けられない大事な仕事の日で、妹は部活の大会の予選だった。だから代表して俺だけが行くことになったのである。
お仏壇のある部屋でしばらく雑談をしているとチャイムが鳴り、お坊さんがお寺の名前を告げた。
「こんにちは。いや、今日も暑いですねぇ。」
お坊さんは軽い挨拶をすると、縹さんのお辞儀、つまり法要の始まりの挨拶の代わりであるそれを確認してから読経が始まった。
お焼香が終わって、お坊さんの法話を聞く。
“白骨の御文章”
たった七日の間だったが死んでいてもおかしくない日々を浅葱とともに過ごしたからなのか、なんだか、とてもそのお話が沁みるように感じた。
(それに……)
記憶を取り戻して、浅葱を偲ぶことができて、本当に本当によかった。心の底から、そう思った。
お墓参りにも行くことになり、俺は縹さんから花を受け取った。
『これは浅葱が好きだった花、墓前に供えてほしいの。』
スターチスと白い菊、そして上品なピンク色のカーネーション。俺は浅葱のことをあんなに大切に思っていたのに、浅葱が好きな花すら、知らなかった。
綺麗に手入れがされている霊園の一角。千堂家のお墓だと思っていたら、浅葱だけのお墓だった。
「一人で寂しいかもしれないが、好きなときに好きな場所に好きなように出掛けられると思ってな。」
『ここは街にも近いし交通面でも便利な場所だもんね、一等地よ。』
紺一おじさんと縹さんが静かな笑みを浮かべながらお墓を見つめた。墓石にはめてあるガラスは浅葱の虹彩を思わせるような上品な青緑色をしていて、とてもぴったりだと思った。
墓前での読経が終わって、俺たちはおときのために千堂家の家に帰る。ふと帰り際に、幻想世界の浅葱の家で使っている柔軟剤の香りがした気がした。
おときの食事は、なんと、縹さんの手作りだった。
『十分ほどお待ちください。下拵えだけはしていたから、すぐに出来上がります。』
お坊さんや紺一おじさんと話していると、どうやらお坊さんは縹さんが初七日のときに作ったサンドイッチの味が気に入っているらしいということが判明した。
「初七日も縹さんの手料理でね。そのときのサンドイッチの味が、なんともおいしく、癖になる味で。なんでも、浅葱さんの好きな味だったのだとか。」
本当にきっかり十分で、俺たちはダイニングに呼ばれた。
『通常、法要のお料理は和食中心だということは存じ上げておりますが……どうしても浅葱の好きなもので誕生日を祝いながら偲び、供養したいと思い、洋食とさせていただきました』
ダイニングテーブルの上には、サンドイッチとほかほかと湯気を立てるナポリタンが配膳されていた。
席に着き、食前の挨拶をする。そして、俺はまずサンドイッチに手を伸ばした。
「あ、これ、この味……」
『そうよ、悠祐くんが浅葱に教えて、そこから我が家に伝来した特製マヨのサンドイッチ』
「おいしいから、縹も私も気に入っているんだ。」
まさか、ここでまたこの味を食べることになるとは思わず、うっかり涙が出てしまった。
「だ、大丈夫かね?!」
『どうしたの?!』
「い、いえ、なんか、懐かしくて……。俺が意識を失っていた間の夢のような場所で、浅葱とこれを食べたような気がするんです。」
「そうか、そうか。」
『そうだったのね、きっと浅葱もこの味を気に入っていたのね』
夢ではないとは分かっているのだが、どう説明していいか分からなかったので夢ということにして話す。
お坊さんも、今日が我ら双子の誕生日でもあることをご存知で、誕生日を祝いながら偲び、供養するという珍しい形の法要になったことに関しては、特に何も言われなかった。
おときが終わった後の挨拶は縹さん筆の紺一おじさん代読だった。それから少し話をして、お坊さんを見送って、そしてつつがなく法要は終わった。
『悠祐くん』
「また、来てくれるかね。」
「はい。勿論です。ご迷惑でなければ、またちょくちょく浅葱に会いに来ます。」
『ありがとう』
「これからも、浅葱と仲良くしてやってくれ。……いや、これは本来なら私たちが言われる側の台詞かな。」
縹さんと紺一おじさんに見送られながら、俺も帰途につく。ささのはさらさら、道を駆けていく子供たちが大声で歌う七夕の歌。
(今夜も、きっと晴れだな。)
幻想世界の浅葱の家のティールームで見た天の川を思い出しながら、俺は夏の空を見上げる。俺と浅葱は、きっと八十年後くらいまでは、直接会うことなどないだろう。でも同じ色をした空の下、俺たちは違った形で今日も存在している。それだけで、きっと俺たちは、繋がっている。そんな気がした。
幻想綺譚 ねむはなだ.exe @nemu_hanada
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