第11話──7日目──

 一晩が開けて、俺が現世へ還る日になった。朝食後、俺は浅葱とティールームで話すことになった。


「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん。」


 浅葱からお兄ちゃんと呼ばれる度くすぐったかったが、妹たっての希望だ。叶えてあげたい。


「浅葱も、俺を助けてくれてありがとう。」

「本当にびっくりしたんだからね、まさか幻想世界に来ちゃうなんて。」

「俺もびっくりしたよ。まさか、妹と再開するなんて。」

「ふふふ、……では、私たちの生い立ちから話しましょう。」


 浅葱は静かな表情で紅茶を一口飲んだ。


「私たちは、緋色という人が母親。山野だったり千堂だったりした、私たちの母親。母は私に病気が見つかり、治療に多額のお金がかかると知ると、私だけを連れて離婚した。」

「そして、千堂織布の社長さんと再婚……ってことか。」

「ええ、ちょうど千堂紺一……私のお父さんは妻の花を亡くしたところだった。そして母と再婚した。母は最初は喜んだわ。入院費も治療費も、潤沢な私財から出してもらえる。だけど……いわゆる社交界のような世界は、私たちの母には合わなかった。だから、私を置いて、入院費と治療費に困らないような手筈を整えて、離婚して失踪した。私の感情なんて、その次なのよ。」


 浅葱は、クッキーに手を伸ばしながら、ため息をつく。


「今は、どこに?」

「分からないわ。所在も生死も不明なのよ。悪魔の力を以てしても、ね……」

「そうか……」

「お兄ちゃんのお父さん……私の実父は、堅実そうな方と再婚されたわよね?」

「そう。堅実な人だよ、うちの母さん。んで、3つ下の妹の朝海がいる。」

「朝海さん、かわいいわよね。私もお話してみたかったのだけれど。」


 羨ましそうな表情をされるが、俺からしたら、俺が縹さんと話したいのときっと一緒だ。


「まあ、八十年後くらいに叶うさ。だって、もともとは家族ぐるみの付き合いだったんだから。」

「ええ、そうね。」


話は弾む。今までの思い出を全て語って、懐かしんだ。そして、俺は、これから現世で浅葱との思い出を新たに作れないことに悲しみを抱きつつ、妹のことを思い出せた喜びでぐちゃぐちゃに泣いてしまった。浅葱は隣の席に座って、肩を抱いて俺が落ち着くまで待ってくれた。


 涙の跡が乾ききらないうちに、俺は連絡船に乗ることになった。


「お兄ちゃん、ここの時間と向こうの時間はだいたい一緒だからね。覚えておいて頂戴。」

「分かった。浦島太郎にならないから安心したよ。」

「悠祐、もう来ないでね。」

「そうだそうだ、来んなよ!」

「ああ、寿命が来るまではもう来ませんよ。ルリさん、ザクロさん、ありがとうございました。」


 連絡船は、飛行船のような形をしていた。ゆっくりと離陸し、紙テープでも届かない距離になって、やがて、白昼夢のような、うたた寝のような、心地よい重みが全身を包んで、



 目を開けたら……浅葱の家の天井ではなく、真っ白な病院の天井だった。


「先生、先生!山野さんが目を覚ましました!」


 バタバタと、周りの空気が動く音。そして、家族の声もする。


(還って、これた。)


 どうしようもない安堵と、目の前に浅葱がいないことが、胸の中で水と油を混ぜたみたいな感情を作り出す。つーっと、目の端から涙が溢れた。



「うん、問題ありませんね。数日後には退院できるでしょう。」


 主治医の先生が、俺の記憶などを家族と確認する。記憶の抜けは一切ない。むしろ……


「あの……俺、逆に思い出したことがあるんです。」

「ほう、思い出したこと?」

「双子の妹の存在なんですけど……」


ガシャンと、俺の父が椅子から落ちた。


「ゆ、悠祐……千堂さんのことを、浅葱さんのことを、思い出したのか?!しかも、な、なんで双子って知って……」

「いや、なんか、ずーっと昔に聞いた気がするなって。浅葱のこと一年間くらい忘れていたけれど……思い出せてよかった。」

「ああ、よかった、よかった、悠祐。浅葱さんのことを忘れていたときは本当にどうしようかと思っていたよ……」

「父さんこそ、なんで浅葱のこと敬称つけて呼んでるんだ?実子なのに。」

「そりゃお前、あの子は今や千堂家の令嬢だからな……」


 主治医を置いてけぼりにして話してしまったため、主治医がゴホンッと咳払いをして、俺たちは引き戻される。

 そして、俺は全ての記憶を無事に取り戻したことが証明され、問題がなければ3日後に退院する運びとなった。

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