幽霊内見

海沈生物

第1話

 今日も今日とて女性の幽霊が内見にやってきた。どうやら「地縛霊」タイプの幽霊らしく、新しく地縛できる土地を求めてこの地にやってきたらしい。こういうタイプのお客様は弊社によく来る。


 この前も「彼氏(彼女)と同棲できる広い家を借りたい」と申し出る幽霊のカップルがいたし、どうやら弊社は幽霊にとても好かれているらしい。何の自慢にもならない。幽霊苦手だし本当に怖い。まともな人間の対応をしたい。新社会人くん(ちゃん)の応援をしてあげたい。


 一応社長にそのことを相談してみたが、欠伸をしながら「まぁ毎月の家賃はちゃんと払ってくれているみたいだし、別に死んでても良いんじゃないー?」と適当な返事をしてきた。自分が対応しないからって、このカス上司がよ……。


 話を戻すが、今日やってきた女の幽霊……古河京子さんも「二人で住むための家」を要望してきた。なぜ二人なのか分からないが、変に藪を突けば蛇が出てくるというものだ。私は「小市民」でも「省エネ」主義者でもないが、こと幽霊に関してはとにかく問題を起こしたくない。平和な一市民として生きたい。呪われたくない。怖い。


 古河さんの望みに叶う物件を幾つか紹介すると、彼女が一番「ここに行きたい」と熱く要望した物件の内見へ行くことにした。



※ ※ ※



 駅から徒歩十分の場所にある一軒家、通称「ゴースト・ハウス」。ドラえもんの野比家よりも一回り小さいこの家はボロすぎて「幽霊が住んでいる」と言われており、近所に住む人々の間では恐れられていた。


 もちろん私とて最初からこんな物件を紹介したわけではない。もっとマシな物件を幾つか紹介した。だが、古河さんがこの物件を見た瞬間に「ここを見たい」「ここが良い」と強く要望してきたのである。幽霊というものは、ほとほと理解できない生き物である。本当に恐ろしい。


「えっとですね……この家は二階建てになっております。先程お見せしたように、一階にリビングとキッチン、二階に寝室とベランダがありまして……」


「貴女は」


「……はい?」


「貴女はこの家のこと、どう思う?」


 なんで私に尋ねるんだよと思ったが、一応仕事なので口には出さない。そんな失言をしてこの話が流れてしまったら、クソ上司からお説教を喰らうことになるのだから。


「わ、私ですか? ……そうですね。確かに値段の張る家と比較しますと古い建物ですし、耐震工事はちゃんと施されているとはいえ、お世辞にも部屋が広いというわけではありません。ですが、私はこういうこぢんまりとした家も好きですね」


 当たり障りのないコメントをする私に、古河さんは物憂げな表情を浮かべ、静かに「そう」と呟いた。幽霊なのが怖すぎてまともに顔を見ていなかったが、白い肌に幸薄そうな顔が相俟って「生前は美人な方だったんだろうな」と感じさせられた。


 こんなにも美人であるのなら、もしかすると「二人で住める家」と要望したのも、かつての「恋人」ことを思ってなのかもしれない。二人で住む家を決めていた頃に事故で亡くなってしまい……みたいなバックグラウンドがあるのかも。


 そんな妄想を頭の中で繰り広げていると、不意に古河さんが私に近付いてきた。心臓がどくりと跳ねる音がする。あの、顔面が近すぎるのですが。


「え、えっと……何か?」


 古河さんはまるで初めて恋をした少女のように真っ白な頬を赤く染めると、私に手を差し出してきた。意図が掴めずに戸惑っていると、彼女は「ああ」と声を漏らした。


「えっと……貴女の手、握っても良い?」


「え、あ、え……どうして、ですか?」


「良いかどうか、聞いているのだけれど」


「……この物件、借りて頂けるなら」


「そう……分かった」


 そろそろと私の方に向かって歩いてくると、触れたら溶けてしまいそうなほどに白い手で握り締めてきた。なんとなく流れでOKを出してしまったけど、これ、このまま彼女に呪われてしまうのではないか。怖くなってきた。古河さんの手の冷たさが呪いの温度のように感じられて、今すぐに振り払いたい気持ちで溢れてくる。


「え、えっと……いつまで握っているのですか?」


「永遠」


「えっ……!?」


「冗談。ずっと握っていたら、貴女まで私と”同じ”になってしまうから。それは待ち遠しいことだけど、まだ数十年先で良いことだから」


「は、はぁ……」


 何を言っているのか分からなくて困惑する私の一方、古河さんはやっと私の手を離してくれた。ほっと一息つくと、彼女はケラケラと笑った。


「ねぇ、里中さん。私、ここを借りるから。また暇な時に来てくれないかしら」


 正直、来たくなかった。幽霊が苦手な私にとって、幽霊の古河さんと縁を結ぶことはあまりしたくなかった。だが、それでも。手の中に残った古河さんのシーンと静まり返った雪のような冷たさが妙に気になって、このままただ彼女と離れてしまうことに抵抗のようなものを感じていた。


 それに、ここで断って「やっぱ借りるのやめますー!」と言われてしまうと、私が怒られてしまう。あのクソ上司に。それだけは嫌だった。


「……分かりました。仕事やプライベートで用事がない時なのであまり来れないと思いますが。それで宜しいのでしたら、是非」


「本当? それは……ふふっ、とても嬉しいわ。よろしくね、里中聡美さとなかさとみさん」


「はい、こちらこそ」


 契約締結の印として握手を交わすと、私はこれで一段落した、と息を漏らす。

 ただ、そういえば上の名前は胸に付けている名札で分かるとしても、下の名前はどこで知ったのだろうかと思った。まぁ今はそんなことどうでもいいか、と幸薄そうな顔に笑みを浮かべる古河さんの様子を見て、忘れた。

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