君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅱ】

双瀬桔梗

第二の世界線

「この部屋、結構よさげだよな~前に住んでたとこと間取りも似てるしさ」

 あまろうはマンションの一室を見渡しながら、おおがみれいに声をかける。それでも黎は上の空で「うん。そうだね」とだけ返す。


 黎は時間が巻き戻る前の事を改めて思い返していた。志郎が亡くなったそもそもの原因は世界を守るヒーローの一員になった事。ならば、ヒーローにならなければいい。そう思い、『ヘルト』のスカウトを断るよう必死で訴える。


 “世界を守りたい”気持ちが強い志郎は最初、黎に何を言われてもスカウトを引き受ける気でいた。けれど、黎に泣きつかれ、とうとう折れてしまう。なお、当然、黎自身も開発部のスカウトは断った。


 更に黎は住む場所も変えるよう、志郎に提案する。二人は元々、志郎の実家と大学の中間地点あたりにあるマンションの一室で同居していた。だが、その辺りはいずれ侵略者『イレーズ』の魔の手が伸びてくる。だから黎は未来の記憶を頼りに、安全圏である大学近くのマンションに引っ越す事を決めた。


 都心の方は危ない。志郎君の家族にも既に話は通してある。なんなら、天兎家全員、一緒に黎と志郎が通う大学付近まで引っ越してくれる事になった。そんな風に根回し済みだったのと、家族も一緒ならいいかと言う気持ちもあり、引っ越しの件に関しては志郎もすんなり了承する。


 そして現在、新しく済む部屋の内見をしているのだが、黎は一つだけ引っかかっている事があり、あまり集中できていない。


 ――未来でヒーローではなくなった志郎君がパワードスーツを身に纏っていたのは、と遭遇してしまったのが原因だろう。僕が志郎君を完全に生き返らせるためにやっている事が、いずれは本人にバレるであろう覚悟はしていた。けれど、どうして……志郎君は僕を殺したのだろう。意味が解らない。志郎君が、僕を殺せるはずないのに。どうして……。


「――クン……黎クン!」

「ん? どうかしたのかな? 志郎君」

「どうかしたのかって……この部屋でいいか聞いてんのに、黎クンが返事してくれないから呼んだんだろ……」

「あぁ、いいんじゃないかな?」

「適当に言ってない?」

 サラリとした黎の返答に、志郎は少しムッとする。それに気がついた黎はわざとオーバーに肩をすくめた。


「そんな事ないよ? 志郎君が良いと思うなら、僕も良いと思う」

「ふーん……じゃあ、この部屋で決定な! 後で文句言うのは禁止だからな!」

「うん。分かってるよ」

 少し怒っているような志郎の物言いを、黎は微笑ましそうに受け流す。なんなら内心、“志郎君は可愛いなぁ”とまで思っている。その心の声が伝わったのか、志郎は呆れ気味に小さなため息をついた。




「黎クンさぁ……ホント最近、どうしたの?」

 同日の夜。黎と志郎は今住んでいるマンションの一室で、夕飯を食べていた。けれども、相も変わらず黎は、あの未来でなぜ志郎に殺されてしまったのかをずっと考えている。それゆえ、あまり箸が進んでいない。志郎が話しかけても上の空だ。


 だから志郎は箸を置き、心配そうな顔で黎に声をかけた。彼のその表情を目にした黎は同じく箸を置いてから、ニコリと微笑んだ。


「少し……考え事をしているだけだよ?」

「なんか悩み事?」

「悩み……と言うより、どうしても分からない事があって考えているんだよ」

「それって……オレにも分からない分野の事だったりする?」

 志郎のその問いに、黎はハッとする。


 どれだけ考えても解らない事は、に聞けばいい。どうしてそんな単純な事に今まで気がつかなかったのだろう。黎はそう思った。


 一度そう思ったら一直線の黎は、「ううん。寧ろ、志郎君にしか解らない事かもしれない。だから聞いてもいいかな?」と問いかける。それに対して志郎は少しうれしそうな顔で、「もちろん」と答えた。が――


「志郎君はどうして僕を殺したのかな?」

「は……? なにいって……」

 ――黎の思いがけない問いに、顔を強張らせる。


「あぁ……聞き方が悪かった、ごめんね。質問の仕方を変えるよ。志郎君は……どんな状況なら、僕の事を殺す?」

 未来で起こった出来事について志郎に聞いても、彼は戸惑うだけだ。それが分かった黎はすぐに聞き方を変えるが、そんな質問をされても志郎はますます困惑してしまう。


「……別に……どんな状況でも、んな事しないし……」


 ――それならどうして未来で僕を殺したのかな?


 黎は言いかけたその言葉を飲み込み、どうしようか少し思案した。それから再び質問の仕方を変える。


「例えば……志郎君が生きていくのに大勢の人の命が必要だとして。志郎君が生きていくために、僕が大勢の命を犠牲にしようとしたら……君はどうする?」

 黎のその問いに志郎は一瞬、目を見開き、真剣に答えを考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「まずは説得する。正直……誰かを犠牲にしてまで生きていたいとは思えないし。黎クンに止めるよう、真剣に説得する。それでも黎クンが止めてくれなかったら……どんな事をしてでも止める、と思う。それが……最終的に黎クンの命を奪う結果になったとしても」

「ふむ……それは実に君らしい答えだ」


 確かに黎は志郎に説得されたし、それに応じなかったため彼らは何度も戦う羽目にもなっていた。志郎の言葉に、その部分も思い出した黎はスッキリした顔をしている。それと同時に、自分は“志郎の事をまだまだ理解しきれていなかった”と、一人反省した。


 一方、志郎は気分の良くない質問をされた事に、少しモヤモヤしていた。けれど、一人で納得し、晴れやかな顔で夕飯を食べ始めた黎を見ている内にどうでもよくなり、志郎も箸を手に取る。


「黎クンってさ……時々、謎だよね」

「ん? どのあたりが謎なのかな?」

「さっきの質問もそうだけど……オレの事がすごく好きなとことか?」

 そこまで言って、志郎は一瞬で顔を赤くした。黎が何も言わず、きょとんとしているため、余計に恥ずかしくなる。


「志郎君」

「やっぱ今のなし!」

「ん? 何を照れているんだい?」

「だって……さっきの発言、完全に自惚れだし……」

 志郎の言葉に、黎は微かに目を見開き、コテンと首を傾げる。


「自惚れではないだろう。現に僕は志郎君の事が好き……いや、大好きなのだから」

「……じゃあ、どうしてさっき無反応だったんだよ……」

「僕が志郎君を好きだなんて当たり前すぎる事が、“謎”だと言われたから少し戸惑っていただけだよ?」

「そっか……」

 黎の言葉を受け、安心したような、照れたような表情で志郎は白米だけをパクパク食べている。そんな彼に、黎は愛おしそうな視線を向けた。




 それから間もなくして、二人は内見に言ったマンションに引っ越した。


 ――そういえば、本来ならヘルトの専用寮に引っ越す時期だったかな。


 二人で荷解きをしながら黎はふと、そんな事を思い出す。けれども、着々と違う未来を歩んでいる自分には関係のなかった事だと黎は思い、志郎と他愛ない会話をしながら荷解きを進める。


 これであの未来にはならない。志郎が死ぬ事はないと安心しきっていた。




「どうして……」

 下半身が建物の瓦礫の下敷きになり、息絶えている志郎を、黎は呆然と見つめている。


 最初の未来世界線では、田舎の方にある大学付近は安全だった。しかし、イレーズの侵攻速度が、本来より遥かに早く、被害が拡大している。その結果、この辺りもイレーズの標的となり……崩壊する建物から志郎は子どもを助け、瓦礫の下敷きになった。


 建物が崩壊した理由は、イレーズの怪人の攻撃を、“白いパワードスーツを身に纏ったヘルトのヒーロー”が避けたからだ。自分が避ければ攻撃が建物に当たって崩壊し、その近くにいた泣き叫ぶ子どもが下敷きになる事を分かっていながら。


 黎と志郎、彼の家族は無事、避難所についていた。そこで、子どもを探す母親を見かける。近所に住む、挨拶を交わす程度の母子。それでも志郎は避難所の外まで子どもを探しに行ってくると、家族に何も言わず勝手に出ていった。黎だけが志郎の行動にいち早く気がつき、後を追いかける。


 ヘルトの白いヒーローとイレーズの怪人の戦闘に巻き込まれそうな子どもに、志郎は迷わず駆け寄る。瓦礫が崩れた直後に、子どもを突き飛ばし、代わりに志郎が下敷きになった。


「……れいクン……はやくそのこを……」

 薄れゆく意識の中、志郎は黎に子どもを避難所に連れていくよう言う。一度は志郎の言う通りに、子どもの手を引いてその場を離れた。が、途中で避難所に一人で向かって助けを呼んできてほしいと子どもにお願いすると、黎だけ志郎の元に戻る。自分だけでも、なんとか志郎を助けるために。しかし、志郎は既に息絶えていた。


「どうして……」

 黎はその場に膝をつき、受け止めきれない出来事から目を背けるように、思考を巡らせる。


 ――また、志郎君が死ななければならない……? どうして、ここまでイレーズの侵攻が進んでいるんだ? ヘルトは一体、何をやっている? あの白いヒーローだってそうだ。アイツは明らかに子どもの存在に気がついていた。それなのに子どもを助けるどころか見殺しにしようとした。それで代わりに子ども助けた志郎君が……白は本来、志郎君が身に纏う筈だった色だ。アイツが、志郎君の代わりのヒーロー……? あんな奴、ヒーローじゃない。生身でも子どもを助けた志郎君の方が――


 そこまで考えて、黎はハッとする。


 天兎志郎は根っからのヒーローだと、黎は今更、思い出す。力のあるなしに関係なく、他人を助ける。それが天兎志郎ではないか。そんな彼が、ヒーローにならなかったとしても、誰かを見捨てるなどできるはずがないのだ。


 黎は、“またしても僕は志郎君を理解しきれていなかった”と天を仰ぎ、それから静かに目を閉じる。


 目を開き、志郎の亡骸を見つめる黎の瞳は仄暗い。


 黎はその辺に落ちていたガラスの破片を手に取り、志郎に近づく。そして、冷たくなった志郎の右手を取り、左手に持つガラスの破片を自分の首に突き刺す。


 ――志郎君が……死ぬ未来なんて認めない。


 自身にガラスを突き刺す直前、黎はそんな事を思った。


【第二の世界線 終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅱ】 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ