第1話

「冬都また授業中にぼーっとしてたの?最近多くない?」


 授業が終わってすぐそう言ってきたのは北野きたの心美ここみだ。綺麗に巻かれた茶色の髪を揺らしている。心美は中学からの友人でそれなりに関係が長い。


「そうか?俺的には真面目に授業受けてるつもりだけど。それより心美の方がどうなんだ?ずっと授業中寝てるだろ」


「うるさいなーそんなことないって。てか、そんなに私のこと見てるの?きもいんだけど」


 心美はいつもこんな感じだ。溜息が出るが慣れたもんだ。


「僕も北野さんの言う通りだと思うな」


「そんなに俺キモイか?ちょっとショックだな」


「ふふっ。違うよそこじゃない。冬都は最近話してるときもぼーっとしてるなっておもってたんだ。でも確かに授業中にずっと北野さんを見てるのはきもいかも」


 冗談めかしく言うのは早水はやみず拓斗たくとだ。拓斗も俺の友人の一人で高一の時に仲良くなった。運よく高二でも同じクラスになれた。拓斗はザイケメンの象徴みたいなやつでとにかくモテる。高身長で制服越しでも筋肉がうっすら見えている。ファンクラブがあるとさへ噂されている。


「ほら、拓斗もいってるでしょ」


 心美はふふんと鼻を鳴らしている。


「なんで勝ち誇った顔してんだよ」


「それで、何かあったの?」


「いや、大したことじゃないから大丈夫だぞ」


「そっか、なんかあったらいつでも言ってね」


「おう」


 拓斗は相変わらずいいやつだ。容姿も性格も最高とか俺でも惚れてしまいそうだ。実際悩んでいることはあるが拓斗や心美に話すほどの悩み事ではない。


「もうすぐ次の授業始まるからいったいった」


 俺が二人にそう言うと二人は自分の席に戻っていった。


「ふふふっ」


 隣から突然笑い声が聞こえて体が跳ねた。藤原さんが手で口を隠しながら笑っていた。


「北野さんと早水君はいつも月影君の心配をしてるよね」


 唐突に放たれた言葉に俺は少し恥ずかしくなった。藤原さんが話しかけてくることは珍しい。いつもは授業前の準備に黙々と勤しんでいる。とはいっても藤原さんの机には次の英語の準備がしっかりしてあった。


「拓斗は本当に心配してくれてるかもしれないが心美はわからんな、いじってる可能性も捨てきれん」


 俺は片肘をつきながら言った。すると隣から小綺麗な笑い声がまた聞こえてきた。


「それでも私はうらやましく思っちゃうな。そうやって心配してくれる人がいるの」


 藤原さんはどこか虚ろな目をしていた。彼女も何か悩んでることがあるのだろうか、俺が何か声をかける前にチャイムが鳴り授業が始まってしまった。もちろん授業の準備はできていない。何やってんだ。



「じゃ、俺用事あるから先に帰るな」


 放課後になって俺は拓斗にそう言い足早に帰った。俺はある日から毎週月曜日になると向かってるところがある。


「今日も居ないか……」


 そこは学校とは少し距離が離れている公園だ。そこはブランコと鉄棒と砂場ぐらいしかない閑静な場所だ。


 俺は少し上がった息を落ち着かせるために青く茂った木の下にあるベンチに腰を掛けた。再生プラスチック製と書いてあるベンチはひんやり冷たかった。おしりの方から体の熱が抜けてゆく。その心地よさに上を見上げると枝葉の間を光が無数に反射している。夕暮れと相まって透き通った葉は橙色に染まっていた。


「……ね……ねー…ねーねーお兄ちゃん、なにしてるの?」


 俺は目を開けると目の前には黄色帽子をかぶった男の子が立っていた。公園の時計を見ると時間が数分進んでいた。どうやら少し寝てたらしい。


「ちょっとここで休憩してただけだよ。僕こそどうしたの?」


 見るくらいに小学校低学年だろうか、ふっくらした顔は少しばかり日焼けしていた。


「お兄ちゃん暇なら一緒に遊ぼうよ!」


「んー、お兄ちゃんもうすぐ帰ろうと思ってたんだけど……」


「えー、あそぼーよーー」


 男の子は俺の手を掴んで振りながら無邪気に言う。


(うっっ、かわいい)


「よーし、一緒に遊ぶか!」


「やったーー!!」


 男の子はまた俺の手を振り喜んだ。


「イテテ…痛いから手離してくれる?」


「あ、ごめんなさい……」


 落ち込ませてしまった男の子の頭を撫でてから肩車をして走った。


「行くぞ――!!」


 頭の上からきゃっきゃっと楽しそうな声がした。


「行けーーお兄ちゃん号ーー!」


 少し開けた場所を走り回る。俺は楽しくなって傾いたり回ったりしていたら肩に乗った男の子も興奮しているのか俺の髪を掴んでぐっぐっと引っ張りだした。お兄ちゃん号のパイロットになりきっている。髪の根元が痛み俺は現実に引き戻されたが男の子を楽しませようと頑張ってお兄ちゃん号を全うする。


(誰かーー止めてくれーーー!!)


「ちょっと!!柳太りゅうた!!どこいったのかと思ったらなにしてるの!!」


 心の中で助けを求めていると髪を後ろで一束にまとめた色白の女の子が叫びながらこっちに向かって走ってきた。シャツの袖は肘まで捲られ、スカートは折り曲げられ短い。


「「あっ……」」


 俺も彼女も思わず声が出た。


 俺は彼女を知っている。

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シャボン玉は飛んで、弾ける @sh893

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