おいでよ! ダンジョン移住振興会! ~ただしモンスターに限る~
波津井りく
きみに決めた!
「さあ今年で遂に十回開催を迎えたダンジョン移住振興会、現地で体験しよう理想の移住生活の幕開けです。記念すべき第十回に相応しい大型モンスター参加とあって、各地のダンジョンマスターも気合が入ってますねー」
「ええ、過去にはドンピシャのマッチングで美人揃いの人魚が一斉移住して、一夜にして美女が多いダンジョンランキングの五本指に入った所もありますからね。夢のある企画なんですよやっぱり」
「夢と浪漫がダンジョンの肝ですからね。実況はわたくしコボルトと解説でお馴染みのデーモンさんでお届け致します」
「今回の移住希望者さんの中にはドラゴンさんがいるんですよね。環境構築次第では出来立てほやほやの新規ダンジョンでも、一躍難関ダンジョンの仲間入りが見込めますよ」
「そのドラゴンさんですが、情報によると由緒正しい血統だそうで。翼もあるしブレスも吐ける、どんなダンジョンでも一体はいて欲しいタイプの方だとか」
「ああ、常に歓迎される人気の高い移住者ですねー。ドラゴンらしいドラゴンは探すとなるとやはり希少で見付からない。きっと獲得に向けて壮絶なアピール合戦となるでしょう」
「各ダンジョンのおもてなし競争が幕を開けますね、楽しみです」
特設会場に集められた参加者と移住希望者は列を成して向かい合う。一人だけ代理と書かれた札を首から提げていた。
受け入れ先のダンジョンへのゲートは既に繋がっており、いつでもモンスターを迎え入れる体制を整えている。
新規も古参も同じ土俵で評価される側、決定権を握るのはあくまで移住希望者だ。どんなに歴史ある難関ダンジョンでも、暮らし難い立地や環境は見向きもされないシビアな催しである。
開催のファンファーレと共にぞろぞろとモンスターが一番端のゲートへと進んで行った。内見はエントリーナンバー通りに行われる。
移住希望者達は事前に主催へ要望を伝えているし、参加するダンジョンマスターはそれらを踏まえ歓迎準備をしているが、実際に見ればやはり齟齬は見付かるもので。
特設会場の巨大スクリーンに転移先の様子が映し出された。観客もいずれ自分が移住するかもしれないダンジョンに興味津々で見入っている。
「まず最初に訪れたのは岩窟のダンジョンです。内部構造は八層、フロア数は比較的少ないですが、その分一つ一つが広くて深い。地層に応じて居住地を選べる、地属性にはありがたい環境となっております」
「天井に高さがあるので飛行系の種族にも意外と人気。穴場ですよここは」
「ああ、ハーピィがサービスショット飛行してくれましたね。客席も盛り上がってます」
「そこら中に武器防具になる岩石が豊富ですし、投石の不意打ちで侵入者を仕留めた時の満足感は癖になりますからね。影からめっちゃ仕事したー、的な」
「デーモンさんにも石は扱いやすい武器ですか?」
「あるとないとでは違いますよ。魔力も手札も底を尽き、最後の最後殴り合いになれば死活を決め得る。何より石はタダですからね。自前でお洒落装備を調達するのに疲れたモンスターには過ごしやすい所でしょう。ゴーレム系の同僚なら静かで付き合いに疲れません」
「同僚との関係が拗れて余所へ移住するパターンが近年増えましたからね。吸血コウモリさんと
「うーん……砂地狐さんには砂浴び出来る広い砂場がないと、生態として辛いでしょうね……あ、いやありますね砂場。砂地獄でしょうか?」
「おーっと岩窟のダンジョンマスター、まさかの砂地狐さん狙い撃ちで環境を用意していた! 装甲厚めに振った種族の多い地属性の貴重なもふもふ枠を、なんとしても引き抜きたかったのかー!?」
「やはり無いものが欲しくなるのは仕方ないんですよ。ゴツイだけじゃなくふわふわ系も欲しい、気持ちは分かる……」
「岩窟のダンジョン内部見学が終了しました。ドラゴンさんも好印象の様子でしたね」
「洞窟や洞穴は正統派ドラゴンさんには伝統的住居だと喜ばれますね。寒さや雨風を凌げるかは無視出来ないポイントなんだそうです」
ダンジョン内見は然程の問題なく進行した。続く凍原のダンジョンではドラゴンが一歩も動かなくなり入口で置物と化したが、臭いを気にしなくていいのは気が楽だとワイトやゾンビメイジが移住を決めた様子。
寡黙なダンジョンマスターはこっくり頷く。だが直後そわそわと物凄く嬉しそうな挙動で揺れ動き、終いにはランランとスキップしていた。観客席の誰かがクールデレか……と謎の呪文を唱えた。
ならばと意気込むのは温泉地に居を構える、比較的新しい間欠泉のダンジョンマスターだ。が、やはり逃れられぬ硫黄臭のデバフを前にドラゴンの好印象を勝ち取るのは難しく。
代わりに嗅覚がないスケルトンとゴーレムが移住の意思を伝え、ありがとう本当にありがとう超嬉しいんだからねっ! とマスターを大はしゃぎさせていた。人手不足が深刻な過疎地の叫びである。
「次は大御所ですよデーモンさん! 数多の精鋭を退けた難攻不落の大迷宮、最難関の名を欲しいままにする最古のダンジョン。皆さんご存知の封印剣のダンジョンです!」
「いやあコボルトさん、過酷ですよあそこは。箔付けには最高ですが何分生存競争が熾烈過ぎて……」
「そういえばデーモンさんはあそこのご出身でしたね。私にはモンスターの誉れ、憧れの職場ですが」
「理想は誰しもそれぞれですから、ええ。今でも絶えず目指す方がいるのは、それ自体凄いことですしね」
「内部中継が始まりました。非公式情報ではございますが、封印剣のダンジョン内部構造は推定百層超え、最深部には神が古の勇者に授けたとされる伝説の剣があり、引き抜いた者には祝福を与えるとか」
「会場から案内してるのはダンジョンマスター代理ですね。私もマスターを直接知りません。凄い方なのは間違いないでしょうが……おっと意外と深層まで連れて来られてる」
「黒々とした無骨な壁が雰囲気出してますねー。流石歴史あるダンジョン、他のドラゴンさんも暮らしていますね。仲間がいるのは心強いでしょう」
「いえドラゴンさんの反応は今一つですねコボルトさん。縄張り争いや格付けなど、面倒もある同族は必ずしも安心材料になるとは限らないのが移住の難しさです」
「成程。確かに人間は単一種族なのに常に醜く争ってますね」
「まあそっちは総数や個体差もあるのかもしれませんが。知能はあるのに他種族とも同族とも争う、我々には理解不能な生き物です」
「内部見学が終了しましたね、次が最後になります。大地のダンジョンです」
「今回の参加者の中では一番間口の広い、スライムからドラゴンまで幅広く大歓迎の所ですね。立地が良く常に人間が来るので食いっぱぐれないのが魅力です」
「こちらも意外と歴史ある老舗のダンジョンです。公式発表では内部構造百層……なんですが、この記録三百年前のものなので。現地の最新情報とは異なる可能性があります」
「とってもスタンダードなダンジョンですね。浅い階層はすぐ増える力の弱いモンスターで生息域を構成し、深い階層では強い個体が得意な環境下でポテンシャルを発揮出来るように固有環境を与えられている。特定の環境下でなら無敵、というタイプも活躍しやすいでしょう」
「デーモンさんの解説の間にも見学が進んで行きます。ドラゴンさんも感心している様子ですね。地底環境でしょうか?」
「地底にも涼しいか暑いかありますが、ここはどうやら地熱で蒸し暑いパターンのようです。寒がりなドラゴンさんにはぴったりかもしれません」
「床や壁がキラキラしてますね。高い圧力をかけて生成したフロアの特徴が出ています。その次は樹海でしょうか……おっと吸血コウモリさんが嬉しそうだ! 心揺れているのかー!?」
「飛行系は飛翔するか滑空するかで有利地形が異なりますからね。慎重な見極めが大事ですよ」
「やはり階層数があると多彩な環境を用意出来るのが強みですね。一点特化の痒い所に手が届く細部までこだわったダンジョンにも、そこだけにしかない魅力が備わっていますが」
「皆さん考慮時間に入りました。結果発表まで各地のダンジョンマスターにコメントを頂きましょう。現在コボルトさんがマイクを持って向かっております」
「今回の手応えはどうでしたか? 岩窟のダンジョンマスターさん」
「多くは望みません……確実に、堅実に、理想のダンジョンに近付けて行きたく思います……」
「砂地狐さん来て下さるでしょうか」
「来なきゃ攫うんだよ。いえ……根気強くアピールを続けて行く方針です……」
「えー、続いて凍原のダンジョンマスターさん。確実に移住者が来て貰えるようで、おめでとうございます」
「ん」
「今のお気持ちは?」
凍原のダンジョンマスターはコボルトの周りをわーいとスキップしながら回った。
「……はい、よく分かりましたありがとうございます。では間欠泉のダンジョンマスターさんに話を伺います」
「何も不満なんてないけど! 来てくれた子を大事にすれば良いだけなんだから!」
「アットホームな職場ですね。是非仲良く暮らして頂きたいものです。それでは封印剣のダンジョンマスター代理さんにも一言頂戴してよろしいでしょうか」
「ふふふ……世間では何やら苛烈に過ぎるとのことですが、当ダンジョンはマスターの方針で強き者も弱き者も受け入れておりますよ。求めているのは、生き残れる者です。どうぞお間違えなきよう」
「やだ、レベルが違う……解説のデーモンさん、正直怖いので私もうそちらに戻りたいです」
「頑張ってコボルトさん、次で最後ですから逃げないでコボルトさんー!」
「諦めて頑張ります。最後を飾るのは大地のダンジョンマスターさん、手応えの程は如何でしたか?」
「こういうのは一期一会だって。まあなるようになるよ、無理にとは行かんでしょ」
「軽ーい! 意外にも凄まじく軽ーい!」
「うち交代したばっかなんだよね。先代とはやり方変えてこうって最中で。ちょっと現地も影響出ちゃっててさぁ、問題あっても柔軟に対応してくれる地力があると嬉しいかなー」
「何やらしれっと重大情報出てますが記録して大丈夫ですか。公式情報が昔のものなので、出来れば更新して頂けるとより良いご案内が出来るのですが……」
「あ、どうぞどうぞ。更新は次回までの課題ってことで」
「軽ーい! 平気そうなので後程スタッフと協議致します。では私も戻りまーす!」
「やあやあご無事で何よりコボルトさん。移住者さんも結論を出されましたよ」
「憧れるのはもうやめる……! というわけで身の程を弁え再出発します実況のコボルトです」
「特に何も失っていない解説のデーモンです。結果発表に移りたいと思います」
ダラララララ……と長めのドラムロールが響き渡り、パッと照明が絞られた。
「第十回ダンジョン移住振興会の移住成立先は……こちら!」
吸血コウモリ、砂地狐……岩窟のダンジョン移住成立。
ワイト、ゾンビメイジ……凍原のダンジョン移住成立。
スケルトン、ゴーレム……間欠泉のダンジョン移住成立。
ドラゴン……大地のダンジョン移住成立。
「おお……久し振りの全員成立、今回は保留なしです」
「ドラゴンさんを射止めたのは大地のダンジョンでしたか。移住の決め手はどこでしたか?」
「グォルルル……」
「成程、宝石が採れる。キラキラが決め手でしたかー」
「財貨や宝石を溜め込むのは習性、本能ですからね。ドラゴンさんの趣味に合ったのが幸いだったのでしょう」
「参加されたダンジョンマスターの方々も喜んでおられますね」
「封印剣のダンジョンマスター代理さんは少々残念かもしれませんが、まあ最難関で最初からハードルの高い場所ですから。無理もなしという感じでしょう」
「ダンジョン移住振興会はこれからも皆様の新たな活躍の為に門戸を広げて行きたいと思います。移住に迷ったらまずは登録、ご参加を!」
「以上、第十回ダンジョン移住振興会、現地で体験しよう理想の移住生活でした!」
「次回の開催もどうぞお楽しみに!」
【終】
おいでよ! ダンジョン移住振興会! ~ただしモンスターに限る~ 波津井りく @11ecrit
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