めちゃくちゃ凹んでる相手を励まそうと頑張ったけど実はそんな凹んでなかった

吉岡梅

第1話

初めまして。吉岡です。


皆さんご存じの通り、私って「自分が何とかしなくては」って思いがちじゃないですか? できもしないのに自分にまかせろ的な。見栄を張るというよりもむしろ、少年ジャンプ的な憧れっていうか。それです。それを発動しがちだったんです。


そんな私が大学生の頃、ある同級生の女の子に相談を受けました。


当時私は静岡市に住んでおり、彼女は伊豆の修善寺あたりの旅館に、いわゆる女中さんとして住み込みで働きながら資格取得の勉強をしていました。


静岡から修善寺というと、皆さんご存じの通り静岡駅から東海道線で三島まで行って伊豆箱根鉄道に乗り換えて2時間くらいの距離です。


本当に同じ県内か? と疑うレベルで時間がかかるのです。ちなみに西部の浜松からだと3時間強で着きます。それに比べれば近いですね(浜松と比較して心の平穏を保つ静岡民特有のポジティブ思考)。


新幹線(※ひかり)を使えばもう少し早く着くのですがお金の問題が。車の無い貧乏な大学生にとっては距離的にも時間的にも、そして経済的にも気軽には会いに行けない場所に彼女は住んでいたのです。


なんでまたそんな遠く離れた場所(※県内)から相談を受けたかと言えば単純な話で、同じ中学だったのです。


彼女の相談の内容は、「東京の大学に行った元カレとよりを戻したいのだけど大丈夫だろうか」というものでした。元カレは私たちと同じ中学の同級生で、私とは同じ部活でペアを組んでいた奴です。さっぱりとした性格のイイ奴で、カオもいい奴です(今でも)。ちなみに、彼女の方はといえば、どちらかといえばおっとりした印象の子でした。


高校の頃、2人は付き合っていたのですが、違う場所へと進学・就職することになり自然消滅的に別れる事に。ですが、彼女が自分の生活が少し落ち着いてきたので、よりを戻したい、と、そういう話でした。


何か嫌いになる事があって別れたわけではないですし、私の知る限り2人ともイイ奴なので、もしまた付き合うのであればアリではないのかな。でも待てよ? 修善寺と東京か。どうだろうか。やっぱりちょっと距離があるだろうか。


でもまあ、大丈夫じゃないのかな、と考えた当時の私(※頭が少年ジャンプ)は、ほぼノータイムで「ちょっと遠いけど好きだったらいけんじゃない? 応援するぜ! いつ会う!?」みたいに答えました。


ただ、彼女としては元カレが東京に行って楽しくやっているのではないか、迷惑にならないだろうか、というか、ぶっちゃけ無理なのでは、と不安だったようです。まずはそのへん探って欲しいって言ってんだよ少しは真剣に考えろよこのカス、的な事をオブラートに包むように言われ、私はそれもそうかと思ったのです。素直か。


で、探りを入れたり、話すタイミングを考えたり、会う機会をセッティングしたりというミッションを「俺が何とかしてやらねえとな!」という気持ちでこなしていったのです。結果を言ってしまうと、ダメでした。やはり、いろいろなすれ違いがあって難しかったのです。


彼女から「ダメだったよ」と報告を受けた私は、必死に励ましました。ただ、どうすればいいのかわからず、2人の経緯が分からないので「まだイケる」的な事も言えず、とにかく彼女を褒める方向に舵を切ったのです。「お前なら大丈夫。すぐ別のいい奴が見つかるさ!」的な。


そんな事があってから、たびたび彼女から電話が来るようになりました。内容はと言えば、相談ではなく単なる雑談です。こんな事があった、あんな事があった、こんなお客が来てさー、などの他愛無い話を1時間くらい。


たまに「こういう場合はどうしたらいいと思う?」的なちょっとした相談をされ、それを受けて私が答えたり、励ましたり。そんな内容です。


当時の私は、「私はまがりなりにも大学生。高卒で就職した彼女よりは物を知っているし毎週本も読んでいる(※少年ジャンプ)。私がなんとかしてあげなくてはいけない」という根拠のない自信と無責任な責任感を胸に、上から目線でアドバイスを送っていたのです。必死に考えながら。


そしてしばらく電話が続いたころ、彼女の通話にため息が混じるようになりました。ふふ、と笑った後に「ふぅ」と一息ついたり、悩みの答えを聞いて「そっかー。ありがとねー」と行った後にまた一息ついたり。


察しのいい私は気づきました。彼女は疲れているのだ、と(※間違い)。


そして、より一層頑張ってナイスなアドバイスを送り続け、励まし続けたのです。彼女がため息を吐くたびに、私の心に火が付きます。私が彼女をなんとかしてあげるのだ。そうだ! やらなくては! 香菜、君の頭僕がよくしてあげよう(※香菜ではない)! ため息を吐かず一人でも生きていけるように! そうさ!


「そんなにため息つくなよ。幸せが逃げるっていうぜ?(ドヤァァ)」


などと聞きかじったセリフを挟みながら励まし続けたのです。よく言えたなお前。それを聞いて彼女は、また少し抑えるように小さく「ふふ」と笑うのです。少し自嘲気味にも聞こえるように。それを聞いた私はまた、なんとかしてあげたくなってしまうのでした。大学生の私、お前イイ奴だな、頭が少年ジャンプだけど。


そしてある日、久しぶりに会うか、という事になったのです。白状しましょう。当時の私は、「ひょっとしたら励ましているうちに付き合う的な展開があるのでは?」と、少年ジャンプでありそうな展開も頭に描きながら修善寺に向かったのです。鈍行で。


そして2時間後、伊豆の温泉街で彼女と合流しました。久しぶりに会う彼女は、記憶にある彼女よりも大人びていました。


おっとりした印象だった容姿や態度も、接客業に着いた事もあるのでしょう。片田舎の大学生の周りのすっぴん女子ども(すまん静岡の皆……)と比べるとメイクもしっかりしていて、なんというか大人の女性で、綺麗でした。


あれ、思っていたのと違うぞ。私が教えていたはずなのに、つまり、私の方が大人なはずだったのでは? 私はそんな動揺を抑えつつ、


「おー! 久しぶり。綺麗になったなー」


と言うと、彼女は余裕でそれを受けて、笑って肩を軽く叩いてきました。


「ありがとう。吉岡君もカッコよくなったよー、ふふ。これでいい?」


なんて言ってサラッと流して歩き出しました。あれ?


そして2人で他愛もない話をしながらお茶を飲み、一息ついたところで、彼女が初めて少し申し訳なさそうに上目遣いで聞いてきました。


「ね、ちょっと聞きたいんだけど」

「お、おう」


私はちょっと身構えました。来たか。何か本題的な奴が。さあ来い、と。すると、彼女はバッグから小さな箱を取り出しました。


「タバコ吸っていい?」

「ん?」


タバコ? 私自身は吸いませんが、同級生の何人かが吸っていましたので特に抵抗はありません。


「おう、いいけど」

「ありがとー。じゃあ失礼するね」


と、彼女は手慣れた手つきで箱からトントンストーンと煙草を取り出して咥え、パチーンシュボッと火を付けました。手慣れてる。


その様子を見て私は混乱します。ん? 何か思ってたのと違うぞ。いや落ち着け。あれ、こういう時って私がライターで火を点けるべきだった? などとアホな事をぐるぐる考えているうちに、彼女はおいしそうに煙を吸い込んで軽く目を瞑りました。


うおーシャドウもちゃんと塗ってんだなー、と見ていると目が合います。彼女は少し目じりを下げ、視線を外さないまま軽く横を向いて顎をくっ、と上げると、煙を吐き出しました。こちらに来ないように気を使ったのでしょう。


「ふぅー」


その時、私はハッとしました。


──、と。はっきりとどこで聞いたかは思い出せないが、聞いたことがある音だ、と。それも、ごく最近。


彼女の方も、私が何か勘づいたのに気づいたのでしょう。口元を隠して煙草を離すと悪戯っぽく笑いました。


「ごめんねー。実は煙草吸ってたの」

「ああ、別に気にしないけど」

「電話してた時も」

「電話?」

「うん。吉岡君さ、よく『溜め息つくなよ』って言ってくれてたじゃん?」

「お、おお」

「あれね、煙草だったの」

「!!」


今、点と線が繋がりました。そうだ、だ。あの溜め息は、いや、あの音はこれだったのだ。! いや待てよ?


そうなると私は、何をしていたのだ。


電話の向こうでリラックスして煙草を吸いながら雑談をしている相手を、必死に励まし続けていたのか。何日も。何日も。しかも上から目線で。


しかし彼女から見てみれば、「コイツ煙草の事考えつきもしてねーなー。おもしれー奴」と思いながら電話をしていたのだろう。


励ました後に小さく笑っていたのは自虐的な笑みなどでは無かった。単純におかしかったのだ。


しかし思いっきり笑うと私に気の毒だから、押さえようとしていただけだったのだ。それが自虐的に聞こえていただけだ。私は気を使っているつもりだったけれど、使われていたのは私の方だったのだ。


そんな事が一気にわかります。わかってしまったのです。


目の前の彼女は、煙草を片手に楽しそうに話していますが、もちろん私は上の空。いつもの少年ジャンプ野郎であれば、「良かった、ため息を吐いて悲しんでいるお前はいなかったんだな」くらいは言っていたでしょうが、まったく出ませんでした。それは出なくて本当に良かった。ありがとう煙草。


こうなるともう、いろいろとです。しかし、同級生女子にそうそうと負けを認めるわけにはいきません。きっと彼女も察してくれていたのでしょう。溜め息の事には触れずに話を進めてくれていました。


そしてその日は、特に何もなく無事に解散したのです。


その後、彼女からは「吉岡君に電話すると必死に励ましてくれてメチャクチャ面白かった」的な事をオブラートに包む事すらせずにストレートに伝えられ、気の置けない友人の一人になりました。いつか覚えてろよ。


これが私の黒歴史です。いいですか、皆さん、私から言えることは2つ、ひとつめは「通話中の溜め息は疑え」、そしてもうひとつは「少年ジャンプだけでは力不足」という事です。ヤングジャンプも読んでいこう。あっ、ここはカクヨムでしたね。コミックフラッパーも読んでいきましょう。


いいか? 我々は我々が思っているほど頭が良くなく、香菜(※)たちは我々が思っているより頭がいい。そのことを肝に銘じて日々やっていきましょう。

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めちゃくちゃ凹んでる相手を励まそうと頑張ったけど実はそんな凹んでなかった 吉岡梅 @uomasa

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