卒業式の夜に同居人の幼馴染に告白した

久野真一

卒業式の夜に同居人の幼馴染に告白した


 桜の季節には少し早い三月下旬のとある日。

 高校の卒業式を無事終えた俺は自室のベッドに横たわってたそがれていた。


「終わってみれば、あっという間だったよなあ」


 幼馴染の真帆まほとの思い出が、頭の中を駆け巡る。

 結城真帆ゆうきまほ。遠縁の親戚で幼い頃に我が家に引き取られて来た彼女とは家族として一緒に過ごしてきた。


 コンコンコンコン。小さく扉を叩く音が聞こえる。彼女のものだ。


「どうしたんだ?真帆」

「ちょっと話したくて。いい?」


 少し寂しそうな声だった。

 昔から時々、真帆はこんな風にして俺の部屋を訪ねていたものだった。


「ああ。適当に入ってくれ」

「じゃあ、お邪魔しまーす……と」


 静かに扉を開いて、スリッパを丁寧に脱いで、ゆっくりと扉を閉める。


「うちに来てもう何年経つんだよ」


 どこか「お客様」のような仕草が少し可笑しくなる。


「親しき仲にも礼儀あり、でしょ」


 少し口角をあげて微笑みながら言う彼女。


「ごもっとも」

「よろしい」

「学校の連中にもこれくらい軽口叩けたら良かったのにな」


 思いついてちょっと意地悪をしてみる。


きょうくん。私が人見知りなのはよく知ってるでしょ」


 不満そうに頬を膨らませて抗議するのもまた可愛い。

 

「冗談だって。そういうところがお嬢様ぽいって人気あったんだぞ」


 学校での真帆は口数が少ない方だった。美人で人当たりも悪くないから、男子連中から人気が出るのは必然だったんだろう。


「おかげでお断りするのも大変だったけどね」


 物憂げな表情でため息をつく幼馴染。


「二桁だっけ?」

「十五回」


 告白された回数だ。


「よく覚えてるなあ。絡みがない奴もいただろうに」

「好きになってくれたわけだからね。無下にはできないよ」


 うんざりしてもよさそうなものなのに、どこか悲しそうだった。

 本当に真帆は真面目なんだから。


「適当にあしらっとけばいいのに。だから余計に人気出たんだろうけどさ」


 断られた男連中は一様に「真帆ちゃんを好きになって良かった」と言っていた。

 真帆が一人ひとりきちんと向き合った結果だろう。


「そういえば本題、本題」

「うーん……卒業式終わったばかりでしょ?ちょっと話をしたくて」


 つまり、高校3年間を振り返ってみたい。ただそれだけの話。


「卒業式のときはいつもそんなだよな」


 小学校のときも。中学校のときも。決まってここを訪れていたのを思い出す。


「京くんも人のこと言えないでしょ。なんか寂しそうな顔してる」

「俺だって色々考えるさ。高校生活、楽しかったか?」


 答えのわかっている質問をそれでもあえて投げかけてみる。


「そうだね。やっぱり楽しかったかな。特に部活は」

「放課後にあの部室に集まって、ほんとにどうでもいいことしてたよな」


 文芸部とは名ばかりのダベリ場に所属していた俺たち。

 全員合わせて十人程度の部活だったけど、楽しい日々だった。


「京くんは「地下道を探検しよう!」とか変な企画ばっかり立ててたけど」

「面白きこともなき世をおもしろく」


 高杉晋作たかすぎしんさくの辞世の句として知られている言葉だ。

 どこかこの世の儚さを感じさせるこの句が俺は好きだ。


「住みなすものは心なりけり」


 ドヤ顔で返される。


「ダベるだけってのも退屈だからさ。部活を面白くしたかったんだよ」


 文芸部と言いつつ、ただお喋りに興じたりゲームをしたりする。

 悪くないけど、何かワクワクすることがしたかった。


「わかってるよ。だから私も協力したんだから」

「文化祭のメイド真帆はかなりお似合いだったぞ」


 文化祭のとき、部の出し物はメイド喫茶だったのだ。


「忘れて。恥ずかしいんだから。嬉しいけど」


 恥ずかしがりながらも、嬉しいと言ってくれるのが心憎い。

 そんなだから俺も好きになったんだけど。


「……四月からいよいよ大学生だな」


 過去の話から未来の話へ。


「うん。学部が違うのは少しさみしいよね」

「まあな」


 実家から通える範囲のところで、が両親が出した条件だった。

 電車で30分の国立大学に二人揃って合格。

 でも、俺は工学部で彼女は心理学部。

 今までより接点が減るのは確かだろう。

 それを思うと胸が苦しくなる。


「しかし、心配だな。サークルで言い寄られて困りそうだし」


 彼女の性格だとそうなりそうな気がする。


「そうかな?私よりずっと可愛い子もいるだろうし、心配し過ぎだよ」


 ピンと来ていないらしい。

 男子にしてみると「その気があるんじゃ」と勘違いさせるタイプなのに。


「自覚がないのは困りものだな。サークラにならなきゃいいけど」


 サークラ。正式名称サークルクラッシャー。

 男子が多いサークルに女子が入ったときに起きがちだとか。


「ならないって。それに、そんなに心配なら……」

「心配なら?」

「……」


 言い淀むのを不思議に思って続きを促しても黙りこくったままだ。

 姿勢を変えてみたり、サラサラの髪を弄ってみたり。

 どうにも落ち着きがない。


「その……同じサークルに入る、のも、ありじゃないかなと、思います。思う」


 うわずった声とわずかに赤らんだ頬で告げられた言葉はそんなものだった。


「お、おう。まあ、どこかにもよるけど、わ、悪い提案じゃないかもな」


 いかん。かなり動揺してしまっている。

 だって、大学に入っても一緒にいたいと言われてるに等しいわけで。

 好きな女の子にそう言われて嬉しくないわけがない。


「き、京くん、動揺してる?」

「ま、真帆の方こそ動揺してるだろ」


 平静に努めようとしてもうまくいかない。

 すぐ近くの彼女もまた同じ気持ちなんだろうか。


「もう聞いちゃうけど。京くんは私のことどう思ってるの?」

「……」


 どう、って。それは好きだけど、心の準備も何もないわけで。

 沈黙をどう受け取ったのか。


「家族だとか、妹みたいとかそういうワードは禁止だからね」

「それ、逃げ場がないだろ」

「私も、逃げ場はないから」


 このタイミングで聞いてくるということは意図はわかっている。


「一言で言えば……好きだよ。女の子として」


 とうとう言ってしまった。決定的な一言を。


「理由、聞いてもいい?」

「いいけど、結構昔のことになるぞ」

「それでも」

「わかった」


◆◆◆◆


 真帆は遠縁の親戚で。

 あのときまでは一年に一回くらい会うだけの、物静かな女の子だった。

 関係が変わったのは小学校三年の頃。

 女手一つで彼女を育てていたお母さんが、ガンで亡くなったのだった。


 親族一同、誰が引き取るか話し合いに話し合いを重ねた結果、比較的裕福な我が家が彼女を引き取ることにしたのだった。


 幼くしてお母さんを亡くした真帆は、さぞかし塞ぎ込んでいるだろう。

 親父もお袋も、自身もそう思っていた。

 だから励ましてあげないと。家族一同、気を遣って迎え入れたのだけど。


 食事のときは、


「いただきます。いつも美味しいご飯をありがとうございます」


 家族で一緒に出かけるときは、


「私なんかのために、ありがとうございます」


 お小遣いをもらったときは、


「きちんと貯金しますね。本当にありがとうございます」


 一時が万事そんな調子で、礼儀正しいを通り越した有り様に、家族一同困り果てていたのだった。親父もお袋もたびたび、


「真帆ちゃん、遠慮しなくていいんだぞ」

「そうよ。もっとわがまま言っていいのよ」


 そう言い聞かせていたのだけど、


「こうして優しくしてもらえるだけで十分ですから」


 真帆は頑固で、何か要求することに後ろめたさを感じているようですらあった。

 とはいえ、気長に構える様子の両親はともかく、卑屈に厚意を跳ね除ける彼女に当時の僕はだんだん苛立ちを感じるようになっていた。


(お父さんもお母さんも気を遣ってるのに。あの態度は何?)


 親を亡くし、引き取られた肩身の狭さなど思いやることもできないガキだった。

 そんなクソガキだった僕は、ある夜。


「真帆ちゃん。ねえ、いい加減にしない?」


 正面から喧嘩を売ったのだった。


「なんで京くんにそんなこと言われないといけないの」


 いつも感情を表に出さない彼女もさすがにムっと来たのだろう。

 声に苛立ちが混じっていたのを覚えている。


「お父さんたち、気を遣ってるんだよ。お母さんを亡くした君が少しでもうちに馴染めるように。なのに、あの態度は何?」

「頼んでないもん。大人しくしてるのになんで文句言われないといけないの?」

「あのね。二人が困ってるのもわからないの?」


 売り言葉に買い言葉。どんどん言葉がエスカレートしていくのを止められない。


「それくらい分かってる!分かってるよ!」

「え」


 初めて見る悲痛な顔と叫び。

 引き取られてから一度として見せたことがない表情だった。


「でも、遠慮しないでなんて言っても。どう甘えればいいのかわからないよ……」

「どうって。君のお母さんにしてたみたいに……」

「お母さんはいつも仕事で忙しかったよ。小学校に上がってからは、病気でどんどん弱っていくのもわかっていた。だから、甘え方なんてわからないんだよ……!」


 ポロポロと涙を零しながら、大泣きに泣く彼女。


「ご、ごめん。僕が悪かったから……」


 慌てて謝る僕。


「私もそんなつもりじゃなくて……」


 即座にハッとした様子の彼女。


 当時から僕たちは少し大人びていたのかもしれない。

 言い過ぎたと即座に気付けるくらいには。


「真帆ちゃんの気持ちも考えずにゴメン」


 悪いことをしたらきちんと謝ること。


「私も、ごめんなさい。京くんたちの気持ちはわかっていたのに……」


 シーンとする場。

 どうすればいいだろうか。

 どうすれば、彼女が笑顔になってくれるだろうか。

 考えに考えて出た言葉は。


「ねえ。まずは僕にだけ気持ちを打ち明けてみない?」


 そんな拙いものだった。


「え?」

「お父さんたちに言えない気持ちはわかったから。でも、僕は本音を聞いたし」

「ごめん。でも……」

「いつも悲しそうなのが僕は嫌だったんだ。だからさ」

「わ。わかった。か、考えてみる」


 思ったより聞き分けが良い返事に僕はといえば。


「そ、そっか。ならいいんだ、うん」


 逆に面食らってしまってその場はお開き。


 ただ、この喧嘩をきっかけに。

 少しずつ僕に色々を打ち明けてくれるようになったのだった。

 亡くなったお母さんをただ見ているのが辛かったこと。

 引き取られた我が家でどう振る舞っていいかわからないこと。


 そんな色々を聞く内に、いつしか僕は彼女への親愛の情が芽生えていたのだった。


◇◇◇◇


「そんなに昔から!?」

「あくまで、きっかけだよ。きっかけ。あとは家族と言っても、生まれたときから一緒にいたわけじゃないだろ。小学校高学年くらいには色々意識するようになってた」


 家族のようなもの。真帆との関係はそう言っていいものだと信じている。

 でも、あくまで「ようなもの」。やっぱり兄妹にも姉弟にもなれなかったのだ。


「そっか。私は……あの頃からもう好きだったよ」


 恥ずかしそうに、はにかみながらの告白。

 思わぬ言葉にノックアウトされてしまいそうになる。


「嬉しいけどさ。そこまで好かれるポイントあったか?」


 確かに、あの言い合いがなければ壁を作ったままだったかもしれないけど。


「「まずは僕にだけ気持ちを打ち明けてみない?」そう言ったよね。昔の京くんは」


 過去の自分が言った台詞を復唱されるのは恥ずかしい。

 顔から火が出そうだ。


「そ、それは確かに言ったけど」

「あのときね。嬉しかったけど、少し恥ずかしかったの」


 何故かはわからなかったけど、と。


「今ならわかるんだ。あのクサイ台詞にグッときちゃったんだって」

「クサイとかいうな。どこかで読んだ台詞をパクるしかなかったんだよ」


 当時の自分には慰めるいい言葉が浮かばなかったから。


「それでも、ね。あれから、色々お話を聞いてくれたし」

「自分から言い出した手前、な」


 嬉しそうな真帆だけど、俺は照れくさい。


「照れちゃって。そんなところも大好きだよ、京くん?」


 くすくす笑う大好きな幼馴染が少し憎たらしい。


「俺だって、その……お前のことが大好きだよ!いつも誰かのことを気遣っていて、人見知りで、俺の前でだけそういう風な顔を見せてくれるお前が」


 ぎゃふんと言わせてやりたくて、言い返す。


「ちょ、ちょっと待って。それちょっと恥ずかしすぎる……」


 顔を背けて目を覆う仕草に、俺はといえば、


(勝った)


 そんな思いで満たされていた。


「この際だから、もっと恥ずかしいこと言ってやる。部活、お前といられただけで楽しかった。企画だって、本当は他のことは二の次でお前が楽しんで欲しい一心だった。メイド喫茶にしたって、お前のメイド服が……あ」


 しまった。せっかく純粋な想いを語り尽くすつもりだったのに。


「最後のは欲望だだ漏れでどうかと思うよ?でも、私も人のこと言えないか」


 ささっといつの間にか側にいた、真帆。

 ちゅっ。目を閉じる間もなく幼馴染の唇が押し付けられる。


「だって。こういうことしたくて、たまらなかったから」

「お、お前なあ。キスとか、もっと手順を踏んで……」

「お互い告白しあったんだからいいでしょ?京くんは純情なんだから」

「人のこと言えないだろ」


 でも、まあ。


「とにかく、恋人同士としてこれからもよろしくな」

「うん。よろしく。サークルも一緒のとこに入りたいね」

「一人にしとくのは不安だしな」

「素直に一緒に居たいからって言えばいいのに」

「わかってるなら言うなよ」


 こうして、人見知りで、俺の前でだけちょっと強気な幼馴染の同居人は。

 晴れて俺の彼女になったわけだけど。


「一つ屋根の下で、恋人同士、かあ……」


 どこか恍惚とした表情でつぶやく真帆。


「何か変なこと考えてるな?」

「考えてない。考えてないってば」


(実はこいつ、ムッツリスケベってやつじゃないだろうな)


 いきなりキスをかまして来た幼馴染に、俺は心の中でそうぼやいたのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

お久しぶりです。テーマは「卒業式の夜」辺りでしょうか。


楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューなどいただけると嬉しいです。

ではでは、また。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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