内見先の幽霊に惚れられています

藤ともみ

内見先の幽霊に惚れられています

「おはようございます。◯☓不動産の佐倉と申します」

 俺――佐倉さくらとおるは、やってきた内見希望者の青年に、にこやかに挨拶をした。

「あ、はい。よろしくお願いします」

 今日の内覧希望者は、男子大学生の葉山様だ。

 とにかく安く、大学に近い物件を希望しているとのことなので、うまく話が進められれば簡単に契約に持っていけるはずだ。……普通ならば。

 葉山青年はアパートを見上げてぽつりとつぶやく。

「安いの探してるんで、全然良いんですけど……なんていうか、ホントに昭和のアパートって感じですね……」

「ええ、しかし水回りはリフォームしてますから、意外と暮らしやすいですよ……」

 青年と世間話をしながら、俺は部屋の鍵を開けた。……ちらり、と部屋の隅を見る。

 部屋の隅には、俺にしか見えない長い髪の女が、こちらをキラキラした目で見つめていた。う〜わやっぱりまだ居んのかコイツーーー!!

 幽霊女は、ニコニコしながら俺を見つめているが、それを無視して葉山青年に物件の案内を進める。築年数は古いが、水回りがリフォームされていること、日当たりが良いことなどアピールしていく。葉山青年は俺の話に相槌を打ちながら、不意に尋ねてきた。

「けっこう良い部屋だと思うんですけど、ここどうしてまだ決まってないんですか?」

 核心を突かれて内心ギクッとしたが、俺は平静を装いつつ答えた。

「そう、ですねぇ。その時たまたま他にいい物件があったのかもしれませんが……」

 嘘だ。俺は知っている。この物件を内見すると妙なことが起きるのだ。この、今俺の後にまとわりついている幽霊女のせいで。

 葉山青年と話していると突然、契約していないはずの蛇口からいきなり水が流れ始めた。

「へっ???」

「は……? お、おかしいですね! 水道の不具合かな〜きちんと業者に伝えますのでご心配なく!」

 慌てて蛇口の栓を閉めると、水がゆっくりとシンクを流れ始めたが、水滴が集まってひとつにかたまると……大きなハートマークがシンクに現れた。余計なことすんじゃねえ!

 俺が台所の天井を睨むと、いつの間にか天井に移動していた彼女がクックと笑っており、葉山青年が水道に気を取られている隙に、吊戸棚をいきなり端からドンドン開き始めた。

「お前いいかげんに……!」

「は? なんですか???」

 葉山青年が怪訝な顔で俺を見た。まずい……!

「いっ……いい〜加減に日当たりも良好でございます、お客様、ベランダに出てみてはいかがでしょう!」

 半ば無理やり葉山青年をベランダに押し出した。

 十年以上前。この部屋で女子大生が亡くなり、その霊が成仏できずに住みついているようなのだが、彼女の姿は俺にしか見えないらしい。

 幽霊とは思えないくらいあまりにハッキリ見えるので、最初は不審者が入り込んだのかと思った。1回目の内見は、彼女が玄関のドアの開けしめを繰り返すのを「誰だ!? いたずらするんじゃない!」と俺が叱責したところ、お客様に「虚空に向かって怒鳴るヤバい不動産屋」と思われて契約に至らず。その後も、俺が内見に行くと突然血まみれの手形が窓にびっしりついたり、彼女がドタバタ走るから、誰もいないのに音がする、と気味悪がられたり……

 何回も希望者を内見に案内するようになって、はからずも俺と幽霊は顔見知りになってしまった。それから、部屋を誰かに借りてほしい俺と、女幽霊との戦いは続いている。

 だが、ずっと部屋を空けておくと、このアパートのオーナーも困ってしまう。 

 俺はベランダの窓をしめて、いつの間にか隠れてしまった彼女に向かって、小声で部屋の中で言った。

「頼むから仕事の邪魔すんなよ。せめて内見の時はどっか行っててくれ……オーナーにも早く部屋を埋めたいって催促されてるし、早いとこ誰か契約してもらわねえと俺が困るんだよマジで……」

「ウワァ!」

 葉山青年の驚いた声が聞こえた。

「どうなさいました!?」

 窓を開けて慌てて彼のもとに駆けつけると、葉山青年は窓を指さしている。

「さっきまでこの窓、何も書いてませんでしたよね……?」

 葉山青年の指差す方を見てみると、そこには、「深山 愛」と「佐倉 亨」の名前が入った、相合い傘が書かれていた。新品の窓に。バッチリ血文字で。

 俺は思わず天を仰いだ。



「是非ともご検討ください」

「は、はい……」

 葉山青年は帰っていった。文句を言われなかっただけマシだが、おそらく契約は絶望的だ。

 俺は部屋の隅で申し訳無さそうに体を縮めている幽霊……深山みやまあいに、ため息交じりで言った。

「お前どうして俺の邪魔ばっかりするんだよ。さすがにイタズラにしてもたちが悪いぞ」

 そう言うと、愛は何やらモジモジした末に、ぽつりと言った。

「だって……ここが契約決まっちゃったら、お兄さん来てくれなくなるんでしょ?」

「えっ」

 そりゃあ、不動産屋だから、部屋が決まれば俺は来なくなるわけだが……。

「私、あなたに会いたくて……だから、この部屋に誰も住んでほしくないの……」

「ンなこと言われても……それに、こんなに契約が決まらないんじゃ、そろそろ俺ここの担当外されるかもしれねーぞ」

「え!?」

 愛は目を見開いた。

「い、イヤだっ! そんな事になったら私……佐倉さんの上司を呪い殺しちゃうかも」

「怖っ」

「そ、それに新しく引っ越してきた人も呪い殺しちゃうよ!」

「最悪の脅しやめて」

 俺は考えた。このアパートのオーナーはうちの会社のお得意先。このまま部屋が埋まらなきゃ心証が悪いが、俺の上司や、引っ越してきた住人が死ぬのはもっと悪い。

 こうなったら…………。



 ※  ※  ※


「いやーまさか佐倉くんがあの部屋に住むなんてね〜住心地はどうだい?」

「まあ、寝に帰るだけなので何とも……」

「家を売る人間がそんなことでどうするんだい」

あれから数日後、俺は例の部屋に引っ越すことにした。幽霊がいても平気、とは言えないが、愛とはもう顔なじみになって恐怖心も薄らいでしまったし、寝に帰るだけの家だ。寝る時に愛がニコニコこちらの顔を覗き込んでくるのを我慢さえすれば、俺の仕事に支障が出ないし死人も出ない。安いもんだろう。

「いや〜でもなんか顔色良くなったんじゃない?彼女でもできた?」

「ハハ、馬鹿なこと言わないでください」

 部長の目は節穴なんだろうか。幽霊につきまとわれてて顔色がいいはずないだろ。でも悪い人じゃないし呪い殺されなくて良かったかな……。


 佐倉が外への営業に出かけた後、残った社員全員で、佐倉の顔色が良くなり生気が出てきた、本人はああ言っているがきっと恋人でもできたんだ、よかったね〜と盛り上がっていたのはまた別のお話

 

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内見先の幽霊に惚れられています 藤ともみ @fuji_T0m0m1

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