選択の自由[KAC20242]

夏目 漱一郎

第1話選択の自由

「田中さん、本当にこの物件でいいんですか?」

「ええ、もう決めました!この物件にします」

「本当の本当に?」

「本当の本当にです」

「本当の本当の本当に?」

「本当の本当の本当です!アナタもしつこいですね!客の僕がここでいいって言ってるんだから問題ないでしょ」

「それはそうなんですけどね…」


内見で部屋を紹介しておいて、こう言うのもなんだが…この田中という男、頭がどうかしているんじゃないのか?どう考えてもこれより一つ前の物件の方が良かった筈だ。この部屋は、この次に紹介する部屋を引き立てるための言わばだ。狭いし陽当りは悪いし、別に家賃が特別安い訳でも無い…一体何が気に入ってこの物件がいいと言うのか俺には全く理解ができない。


「しかし田中さん、ご紹介したい物件はもう一つありますので、お決めになるのはその物件を見てからでも遅くはないかと…」

「いや、もう結構です。僕はここに決めました!早く契約しましょう!」

「実は田中さん、この部屋を……」

「だからなんだって言うんだ!その位どうって事はない!」

「それと、が……」

「うるさい!もし地震で倒壊したらそん時はいさぎよく死んでやる!早く契約書をよこせ!」

「さっぱり解らない!なんでアンタはそこまでしてこの部屋に住みたがるんだ!」

「そんな事はあなたに関係ないでしょう!」

「関係は無いけど教えてくれ!どうしてこの部屋にこだわるんだ!頼むよ、田中さん!」

「教えたら契約してくれますか?」

「わかった、約束しよう」

「分かりました。それなら教えましょう」


そう言って田中さんは俺に背中を向け、部屋の南側の窓を開け放した。

そこには、軒下に巣を作って懸命に雛に餌を与えている燕の親子の姿があった。


「さっき、これを見つけたんですよ。僕が住まないと誰かが片付けてしまうかもしれないから…」


部屋を選ぶ基準も人それぞれだなと、なんだか胸がほっこりとしたようだった。




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選択の自由[KAC20242] 夏目 漱一郎 @minoru_3930

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