愛してるを言い忘れて

津名 まよ

−春

朝おきてあの人が居ない。

もう何日居ないのか、どこに居るのかすら分からない。

もう何日も触れていない気がする。


たまにかすかに、そこに居たであろう形跡を感じる。


だけど、家の中には居ない。



今日は帰ってくるかしら…。


早朝の凛とした静けさの中で、私はリビングへ移動する。


まだ3月になって間もない朝は、寒さが身にしみる。



キッチンの食器棚からカップを2つ取り出し、

ドリップコーヒーを自分のカップにセットして。

朝の儀式を始める。

コーヒーの香りから朝が始まる。

それはもう、結婚してからの毎日の日課だった。


そして、もう1つのカップは今日こそ帰ってくるであろう夫のために。


そうこうしているうちに、娘の春香が起き出した。

まだ1歳の娘は朝からご機嫌そうで安心した。

軽い朝ご飯を食べさせ、支度を始める。

淹れたコーヒーすらのんびりは飲めないのが悲しい。



月曜日の朝は憂鬱だ。

朝からやることが多すぎる。

休日でたまったゴミをまとめて出す。


子どもの保育園の荷物を確認して、持たせて、保育園に連れて行く。

かなりの量の荷物になる。


夫が居ない今はワンオペ必須の状況で、家での会話は春香とのやり取りだけ。

可愛い娘だけど、やっぱり家での会話らしい会話ができずにもどかしい。


あとは娘の成長を伝えられる人が居ないことが…。



今日の予定を確認する。

あ、今日は女子会の予定が…。


32才になってまで「女子会」の響きにはちょっと抵抗がある。

地元の気がしれた仲間が集まる会はこの日常の中で唯一気を抜いて過ごせる場でもある。

楽しみが増えた事で今日の仕事もそれなりに頑張ろうというモチベーションになれた。


「今日、ママはお仕事の後にお出かけするから、じーじのとこに帰るよ。わかった?」と、伝えてみる。

きっと「じーじ」くらいはわかったかな?




「いってきまーす!」

誰も居ない家に向かって元気にふたりで声をかけて、マンションの廊下を足早に進む。


遅刻ギリギリだ…。


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