☆KAC20242☆ 〇〇円の家

彩霞

〇〇円の家

「森山も行かないか?」


 その日の昼過ぎ、電話のコールがあちらこちらで鳴っている中、森山は職場の先輩である松田から声を掛けられた。

 彼はタブレットから顔を上げて、「どこへですか?」と尋ねる。


「相葉さんの新しい家だよ。引渡しが済んだって言うんで、『来ないか』と言われているんだ」


 梅雨が明けたばかりだが暑さに疲弊ひへいしていた森山は、出来れば冷気ただようオフィスから出たくなかった。だが、今から一時間、予定が空いていることは、教育係でもある松田には知られてしまっている。


「ここから車で五分とかからないからさ」


 後輩の気持ちを察してか、苦笑しながら言う松田に森山はうなずくしかない。


「分かりました。行きます」


 森山は内心渋々しぶしぶとしながらも、興味がある風に笑顔を作って答え、「相葉さんの新しい家」に向かうことになった。


 若者に経験させておこうと思ったのか、松田は別のフロアにいる他の若い職員にも声を掛けたので、最終的に森山よりも一つ年下の結城ゆうきという女子職員のメンバーが加わった。


「私、こういう内見初めてです」


 松田が運転する営業用の軽自動車に相乗りしたとき、後部座席に乗っていた結城がわくわくした様子で言う。森山も話を合わせておこうと思い、助手席から「俺もです」と言った。

 それに対し、松田が薄く笑う。


「そっか。俺はその家を見たときの二人の反応が気になるよ」


 何かをほのめかすように言うので、森山と結城は同時にきょとんとしていたが、そんなことをしているうちに新しい相葉家の前に着いてしまった。


 片側一車線の道路から、左折して舗装ほそうされた相葉家の広い敷地に入ると、そこには別の部署の職員や役職者たちがちらほらといるのが見える。皆、乗り合わせて内見しに来たらしい。


 松田が車から降り、周囲に「お疲れさまです」と挨拶あいさつをしながら、ずんずんと進んで家の中に入っていく松田の後ろに、森山と結城がくっついて行った。


「スリッパそこにあるから、いてな」


 小さな玄関に入るなり、松田がそう言う。

 彼に従い、森山と結城は靴を脱ぐときちんと並べ、そしてスリッパを履いて中に入った。

 玄関から右に入ったところが、リビングとダイニングキッチンになっている。新築なのでとてもきれいだし、しっかりと断熱材が入っているお陰か、外の暑さを感じない。また、新しい家独特のにおいというのはあまりなく、木の香りがほんのりするというのは好印象だ。

 しかし、それ以上に部屋がせまいことと、天井が低いことが気になった。


「……」


 森山がぐるっと部屋を見ると、ちょうど結城と視線が合ってしまう。

 どうやら彼女も、思ったようなイメージをしていなかったらしい。


「犬が遊べる庭もあるんですよ」


 住宅メーカーの人だろうか。リビングで説明などを行っているようで、声を掛けられた森山が「へえ、そうなんですか」と言うと、南側に面した昨今では比較的珍しい大きな窓を開けてくれる。


「縁側になっているので、ここから出入りができます」

「そうなんですね」


 森山はうなずいたが、またしてもここでも想像とは違う景色が目に入ってしまう。庭と言うからにはきれいなガーデニングでもなっているかと思いきや、薄い赤茶色の石が敷き詰められているだけで、思った以上に殺風景だった。


「犬に優しい砂利じゃりかれているんです」

「……それはいいですね」


 犬を飼ったことのない森山は、そんな砂利があることも初めて知ったが、緑のない庭は少し落ち着かないなと思った。


「見せてくださって、ありがとうございます」

「いえいえ。他のところも見ていってくださいね」

「はい」


 森山は営業スマイルを作って、和やかな雰囲気でその人から離れる。

 するとそのとき、松田から声を掛けられた。


「森山、結城、こっちも見て見な」


 そう言われ、二人はキッチンの水回りや、風呂、洗面所、トイレ、二つある小部屋とその中にあったクローゼットを順に見る。


「へえ」「はあ」と二人は言いながら回ったが、そこまで見終わって「これだけ?」と思ってしまった。


 平屋なので二階がない分、当然部屋数も少ないから仕方ないのだが、何となく物足りなさを感じた。


「見終わったか?」


 先に見終わり、暑い中にもかかわらず外で職員と話していた松田が、家から出てきた森山と結城を見て言った。


「はい」

「見終わりました」

「じゃ、帰るか」

「松田、またあとで」


 松田は声を掛けた職員に対し、軽く手を挙げると、森山たちとともに車に乗る。


「どうだった?」


 車を発進させてすぐ、松田は二人に尋ねた。冷房がゴオオッと効いている中、結城が言いにくそうにしているので、森山が代わりに「どうって言われましても……」と、微妙な心境を吐露とろした。


「住みたいって思った?」

「私は……あんまりそう思いませんでした」


 松田が直球の質問を投げてよこすので、これは思ったことを言っていいのだろうと思ったらしい。結城がはっきりと言った。

 すると、松田が「ははっ」と笑う。


「だよなぁ。実は俺もなんだ。まあ、相葉さんは資産家の老夫婦だからね。今後のことを考えて建てた家だから、仕方ないのかもしれないけど」

「そうなんですね」


 森山がうなずくと、松田は次の質問をした。


「ところで、あの家、いくらで建てたと思う? 建物の建設費や材料費ってことだけど。あ、土地の価格は入れないでな。相葉さんが持っている土地に建てただけだから」

「……五千万くらいですか?」


 結城が考えて答えると、松田がうなずいた。


「そう思うよな。だけど、一億円かかったんだって」

「え、嘘っ⁉」

「い、いちおく⁉」


 森山と結城が頓狂とんきょうな声を出す。

 それもそのはずだ。あのこじんまりとした平屋で一億というのが信じられなかったのだ。それも県庁所在地の隣の市とはいえ、周囲に田園が続くこの場所での家の建設にそこまでかかることに驚いた。


「俺も疑ったんだけど、担当者いわく『本当』らしいよ。相葉さんがぼったくられているのかなとも思わなくないけど、事実なら若者が家を買うのって難しいよなぁって思ったって話」


 松田は飄々ひょうひょうとした様子で言うが、社会人になってから一年、二年の森山と結城にとっては衝撃的な事実なのだった。


(完)

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