あなた様に相応しい住宅を(KAC20242 参加作品 )

高峠美那

第1話

「いかがでしょうか? こちらの住宅は、まさにあなた様に相応しい品格と歴史がございます」


 今時、珍しい和風モダンの建物だった。土間で履物を脱いだ男は、腰を引くくして部屋の中を案内する。家具は昭和を思わせるような物が多い。特に和たんすなど、今時珍しい。着物や和服を収納する衣裳盆のついたたんすなのだが、上下に分かれて下に洋服を収納する引き出しが付いていた。


「これらの家具は、家主が代々受け継がれてきた物らしいのです」


 男は客の顔色を伺いながら、さらにもう一押しと、縁側に連れ出す。


「どうです? この景色! 庭園の四季折々の木々も、なかなか見応えがございますぞ」


 だが、客は興味なさそうにフイ…と後ろを向いて帰ろうとした。


「お、お待ち下さい! えーと屋根裏…そうだ。屋根裏もあるんです! ここは、ちっとばかし天井が低いのですが、あなた様でしたら気にならないでございましょうし…なんせ これだけ古い屋敷になりますと、先住民もおりますとて…。ひっ!!」


 ジロリと冷めた目で見上げられて、身震いする。流れてもいない汗を、着物の合わせから取り出したハンカチで拭き、ただひたすらに身体を縮めて小さな客と目線を合わせた。

 

「この業界で、あなた様に物件を紹介できたとなれば、あっしの名も上がります。どうです? ここがダメなら、もう少し具体的な条件を教えてくれれば…」


 もみ手で、へら…と笑うと、一つしかない大きな目が細くなる。白いたまご型の顔に、三日月をえがいたような顔は不気味だ。顔の横にある縦に長い耳は、聞く為にあるのだそうで、客に土下座するような勢い。


「それにしても、なぜ吉野の本多家ほんだけの邸宅を出てしまわれたのか…。富も財もあり、家主の心も澄んでいる。あれほど良い条件は、この日本では、なかなかござらん」


「…桜も、美しかった」


 ぽつり…と呟いた客の目は、離れたかつての本多家を思い出しているのだろう。


「ではでは、なおのこと。アレと同じような物件を探すのは大変だと分かって下され」


 男は丸坊主の頭を心底困って、ポリポリとかく。トン…と床に杖をつけば、何もなかったはずの手に、分厚い巻物が現れた。


「伊豆の富永邸宅とみながていたくもダメ…上越じょうえつの高田邸宅もダメ…幸手さっての源邸宅も…。他にどこぞの邸宅へ案内しろとおっしゃられる?」


「…わらわは、おまえに案内を頼んでなどおらぬ」


「ええ、ええ。そうですとも。あっしが勝手にやってることでっせ」


 冷たく突き放されても、男は客から離れようとしない。その時、小さな子供が二人の間を駆け抜けた。子供は二人の存在に気付いていない。


「ほら、見なせい。この屋敷はあなた様の好きな子供もおる。はよう御自分の家を探しませんと、死んでしまいますぞ」


わらわに死は無縁じゃ」


「人と同じ死ではござらん…」


 住宅案内をする男は、明らかに人ではない。紬風つむぎふうの生地に縞柄しまがらの着物。赤いひとえ腰帯こしおび羽織はおりを引っ掛けている。

 どう見ても人間が着る着物なのだが…顔にあるのは、大きな一つだけの目。


 対して見かけは幼女と言っても良いほどの幼子は、簡素な着物だったが普通の人間に見えた。


「いっそ、吉野にもどられますかい? 本多誠治ほんだせいじは死にましたが、息子夫婦とて、もう若くはなかろう。孫の代となれば、屋敷もまたかわるものです」


「…誠治がおらん吉野はイヤじゃ」


「人の一生は短く…あっしらにとっては瞬きみたいなもんです。まあそれでも、八十年、一人の男を愛し抜く妖怪も稀有ですが」 


「…アヤツは、わらわの存在に気づいておった。妾のいたずらに、誠治はいつもつきおうてくれた」


 そして身体が老いて動けなくなっても、死んでいくその日まで、誠治の心は澄んだままだった。


「人には老いはさけられませぬ。あとは、金への執着と、なんの価値か分からぬ名誉。そういったものに固執するのが人間です。一昔前のあっし達には想像もつかねぇほど、心が真っ黒に染まった人間が多くなりやした」


「誠治が死んだのに…なぜわらわは死なぬ?」


「それは、あなた様が人ではないから。人でないことを嘆く妖怪はおりませぬ。見なせい。庭の桜を」


 目の前にある庭園は、それはそれは見事な桜が植わっている。


「あなた様の新たな門出を祝って、満開に咲いているのでしょう」


 柔らかな風が吹いて、薄紅色の花びらがさわさわと揺れる。我先にと、枝から飛び立った花びらは、呼んでもいないのに客の肩に止まり、また一風吹くと、まるで『こっちだよ』と、言っているように客と男を庭の先まで連れ出した。


「…あの建物は、なんじゃ?」 


 その邸宅より、遥か南に古びた二階建てのアパートがあった。二階の部屋のベランダで、十才前後の少年が洗濯物を干している。


「えーとですね。あの、住宅は…と」


 男が杖をトンと叩くと再び巻物が現れ、かってにクルクルと回りだした。


「おお。ここか。あった、あった。ベランダ付きの物件ですなぁ。間取りは小さいが台所とリビング。部屋は一つだけで狭いのう。住民は…母一人子供一人か」


「…花の匂いがする」


「ふむ。あの少年から…今時、珍しい澄んだ匂いがしますな。決めますか?」


 男のごつごつとした指がもみ手をして期待する。客は、ゆっくりと頷いた。


「やった! あ、いやいや…。あっしは、あなた様に相応しい住宅が見つかり喜んでいるだけですっ」


 慌てた男が、客の顔色を伺う。


「あの少年の透き通った心は、きっとあなた様を癒やしてくれます。少年が大人になって、あらゆる人間を平等に扱い、人の上に立つ姿もたった今、見えました。二十年後に住む彼の家でしたら、あなた様にふさわしい立派な物件でしょう!」


「…その言葉、今日だけで二十回以上は聞いた。それに、あの家はわらわが自分で決めたのじゃ」


「ううう」


「でも…」


 項垂れた男を顎を上げて見上げた客は、幼子に似合わない大人びた笑顔で初めて笑う。


「まあ、そなたのおかげで見つかった家じゃ。そなたの手柄で良いのではなかろうか?」


「!! ありがとうございます」


 桜が散っても、毎年同じ花を咲かせる…。

 住む人が変わっても、家の家具や床は同じように人間を受け入れる。


「あなた様も、新しい家で存分に力を発揮して楽しみなされ」


「…そうじゃな。一つ目、世話になった」


「ううう。もったいないお言葉です!」


「なんじゃ。泣いておるのか? 面倒な男じゃのぅ」


 わらわの人間が呼ぶ呼び名は、座敷ざしきわらし。じゃが、本当の名を人間に教えるつもりはない。


 …人間はいいもんじゃ。暖かな心と薄情な心を併せ持つ。間違いを起こす人間もおるじゃろう。じゃが、それをすくい上げる人間もまたおる。

 そうした手が…わらわは愛しいのじゃ。



               おわり

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あなた様に相応しい住宅を(KAC20242 参加作品 ) 高峠美那 @98seimei

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