敏腕エージェントの日常2

信仙夜祭

今日は、潜入捜査の前段階か~

「敏腕エージェント……、次の指令だ」


 俺は、暗号文を受け取った。

 同僚の平凡エージェントは、暗号文だけ渡して足早に去って行った。

 まあ、彼には重要な任務は任せられない。できて、お使い程度だろう。

 だが、サポート役は必要だ。俺がいかに敏腕だとしてもだ。


 彼を見送った後に、暗号を解読して行く……。


「敵国への潜入任務? まず、住まいを確保しろと?」


 任務の中でも、最高難易度に近いな。他国のエージェントと察知されずに生活しなければならない。

 さて……、パスポートの偽造から行くか。





 支度金は、中流階級が住む家が買える程度には支払われていた。


「しかしどうして、家を買うんだ? アパートでいいんじゃないか?」


 もしかして、数年はこの国に住むことになるのか? 就労ビザをどうしろっちゅーねん。それと仕事だよ。斡旋しろよ。無職の外国籍って怪しさ満点の人物になってんじゃん。


 今俺は、使い捨てのパスポートで他国に潜入している。

 もうね、語学勉強だけでもいっぱいいっぱいなのよ。


「愚痴っても意味ないか。指令通り、家を探そう」


 建売の住宅見学会に参加することにした。

 ちなみに、今はホテル暮らしだ。資金が溶けきる前に決めないとな。


「こちらは、4人家族用となっております」


 住宅の内見を行って行く……。

 家具、家電付きだが、隣の家と近い。それに電気配線の流れが怪しい。


(ダメだな……。逃走経路がない)


 こんな集合住宅では、いざという時動けない。ロケット砲など持ち込まれたら、この地域全てが燃えてしまう。

 俺は、僅かな失敗が、即、死に繋がる世界で住んでいるのだ。

 俺は、その住宅見学会を後にした。


 その後、不動産屋に行く。

 資金の上限を提示して、斡旋して貰う。

 一戸建てから、アパートまで物件を見せて貰う……。


(ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ……)


「お客さん……、判断が速過ぎますよ。もうちょっと吟味してもいいんじゃないですか?」


 君が遅いだけなんだよ。そんな遅さでは、銃口を突き付けられた時点で終わりだぞ?

 面倒だから、ファイルをひったくる。

 1ページを0.2秒で判断して行く。俺は即読法を習得しており、視野拡大と動体視力の訓練を受けているのだ。ファイルをペラペラと捲って行く……。


 ――ピク





「本当にこちらでよろしかったのですか?」


 今俺は、住宅の内見のため、見つけた物件にいる。


「いいですね~。この内装。修理しがいがあります。ここに決めます」


 そこは、築50年の中古物件だった。

 半分朽ちていると言ってもいいが、柱はしっかりしている。

 土地も広く、隣の家とも距離がある。万が一ドンパチが起きても、近所迷惑にはならないだろう。

 それと、地下室だ。何に使っていたのかは分からないが、この価値は大きい。

 使い道など無数にある。


「ここに決めます。明日から、リフォームですね」


「はあ、それでは、こちらにサインをお願いします」


 資金は半分余ったが、これからリフォームを行うので、新築物件と変わらないだろう。

 だが、俺の好きなように改造できるのが大きい。

 俺は敏腕エージェントなのだ。電気工事や土木工事などお手の物だった。


「さて、リフォームを頑張るか。まず、トイレ・キッチン・バスルームだな」





 一ヶ月後、俺の家には多くの客が訪れていた。


「凄いわ~。なんてモダンな家なのでしょう。流石、外国の方だわ~」


 近所のマダムが、賞賛を送って来る。


「この内装、参考にさせて頂きたい。デザイン料をお支払いします。ぜひ契約を! 他にもデザインのアイディアがあれば……」


 おいおい、不動産屋。建築士を連れて来るんじゃない。

 いやさあ……、エージェントの家には家具配置にも意味があってだな。

 それに写真を撮るのは止めて欲しい。

 ここは、秘密基地でもあるんだぞ?


 エージェントは、目立ってはいけない。

 だけど、彼等を受け入れたことで、この国に溶け込めただろう。俺を他国のエージェントと見破る奴は、いないだろう。

 目的は、達成された。



 夜になり、地下室へ移動した。一人で食事を摂る。

 ここには、通信施設などの秘密道具を配置していた。最悪この部屋を爆破するだけで、母国との繋がりは途絶える仕様だ。

 地上の仮の住まいは、擬装用なのだ。俺は、この部屋に住んでいる。


「……頑張り過ぎたかな? それにしても、指令が来ないな」


 そう思ったら、通信が入った。


「え~と、なになに……」


『敏腕エージェント、流石だ。君が選ばなかった住宅見学会の家には、盗聴器が仕掛けられていた。第三国のエージェントがそこに住んで、即捕まった。それと我が国には、建築資材の注文が殺到しているそうだ。随分とモダンな家を建てたみたいだな。君は、これから輸入業者になりすまし、政府高官の家に潜入して貰う。計画が出来次第、追って連絡する』


 ふう~、やれやれだぜ。

 それにしても、第三国のエージェントはアホなのかな?

 盗聴器も見破れないのか。


「それにしても、建築資材の輸出増加か……。ふっ。流石、俺と言ったところだな」


 偽装のためのリフォームだったが、母国に利益をもたらせてしまったか。貿易が増えて、両国の関係も改善して来ているらしい。

 さて、潜入任務の準備を行うか。まず、輸入業者の身分証の作成からだな。





 こうして、今日もこの国の平和が護られた。

 敏腕エージェントの活躍は、終わらない。

 終わりが見えない戦いは、今後も続いて行く――かもしれない。

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