「こちら、優リョウ物件です!」【KAC20242】

かがみゆえ

「こちら、優リョウ物件です!」

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※個人情報漏洩とプライバシー保護のため、関係者のお名前は仮名となっています。





 その日、不動産屋に勤めるA田は張り切っていた。


「お待ちしておりました。本日、内見のご予約をして頂いたB沢様ですね。わたくし、A田と申します。本日はよろしくお願いいたします」

「あ、どうも」


 営業スマイルを浮かべ、名刺を差し出すA田。

 軽く会釈をして名刺を受け取るB沢。


「現地集合でしたが、迷いませんでした?」

「アプリの地図を見ながら来たので大丈夫でした」

「そうでしたか。それでは、お部屋の方に案内させて頂きますね」

「お願いします」


 A田はB沢を内見の物件へ案内する。


「こちらになります」


 玄関の鍵を解除して、B沢を招き入れるA田。


「ん?」


 玄関に入ったB沢はふとあることに気付く。


「あの……」

「はい、なんでしょう」

「此処、なんか……お香とか焚いてます?」

「いいえ、空き家なのでそのようなものは使用しておりません」

「そうですよね……」


 B沢は鼻を一度ぎゅっと摘まんで、部屋を内見することにした。




「え?」


 部屋の間取りは1Rだ。

 1Rとは1部屋で構成された最もシンプルな間取りである。

 玄関から入るとすぐに1部屋があって、見渡せるのだ。


「あの……A田さん?」

「はい」

「……あの人、誰ですか?」


 B沢が指差す方向には、スーツ姿の女性が立っていた。

 営業スマイルを浮かべながら、A田とB沢を見ていた。


「もしかして、ダブルブッキングしました? あ、それか合同内見ってやつですか? 俺、間違えて予約しちゃったかな……」


 A田が答える前に、B沢は予測を立てて声に出す。


「B沢さん。こちら、C藤さん。この部屋の前の契約者です」

「はい?」


 前の契約者?

 何故、そんな人が内見にいるのだろうか?

 B沢の頭の中はちんぷんかんぷんだ。


「C藤さんは契約更新が出来なくなってしまって……」

「そうなんですか……?」


 C藤がこの部屋を再び契約することにしたから遠慮してくれということだろうか?

 B沢はそう結論付けてしまいそうになる。


「彼女、1ヶ月前に過労で亡くなってしまったんです」

「………………はい?」


 A田がC藤を見ながらとんでもない暴露をした気がする。


「今話題の過労死です。C藤さんはブラック起業で働いていて、毎日数時間の残業をこなして1ヶ月前にこの部屋の玄関で……」

「ぎゃーっ!!」


 ハンカチで涙を拭うA田。

 悲鳴を上げるB沢。


「どうしました?」

「は!? なっ!? えっ! えっ、意味分かんない! そこにいるC藤さんって人、亡くなってるとか……一体何の冗談ですか! 2人で俺を騙そうとしてるんですか!? それ、すっげぇタチ悪いですよ!」

「あ、過労死ですが安心してください! C藤さんはこの通り、地縛霊ではありませんから。四十九日で成仏……」

「まだ言うか! お断りします!」


 A田がまだ説明しているのに、B沢は怒って帰ってしまった。

 追い掛けようとしたが、現地集合現地解散のため、A田がB沢を送り迎えする必要はない。


「あぁっ、まだ途中だったのに……」

〈すみません、私のせいで……〉

「いえいえ! C藤さんは何も悪くありませんよ。突然死は誰にだってあり得るんですから。私だって数分後には心筋梗塞や脳梗塞で亡くなるかもしれませんし、人間いつどうなるか分からないじゃないですか!」

〈でも、私のせいでこのお部屋を“事故物件”にしてしまいました……〉

「まぁ、C藤さんはこの部屋で亡くなってしまいましたから告知義務がありますが、惨殺や自殺ではなく過労死は自然死ですので告知は不要なんですよね」


 事故物件の告知対象について説明するA田。

 必ずしも亡くなった部屋=事故物件にはならないことを言いたいようだ。


「C藤さんは四十九日で成仏するんですよね?」

〈はい。夢枕に立って両親へお別れを言えましたし、……会社の連中にも恨み辛みを言っちゃいました〉

「心残りが少ない方が成仏しやすいですよ。なんだったら『呪ってやるぅ……』くらい言っちゃえば良いんです!」

〈ふふっ、考えておきます〉

「あーぁ。この部屋は優リョウ物件だから、おすすめなのになぁ……」

〈優良物件? 違うと思いますけど……〉

「違う違う。優“霊”物件です」


 どや顔でC藤へ告げるA田。


「C藤さんはこの部屋に留まるつもりがないからポルターガイストとか起こらないでしょ? 新たな契約者様に『この部屋は害がありませんよ』って意味で私がそう名付けたんです」

〈なにそれ〉


 優良物件ではなく、優霊物件。

 自分が亡くなった部屋をそう分類するA田にC藤は笑ってしまう。


「私、事故物件を優霊物件だと案内するのが自分の使命だと思ってます」

〈面白いわね〉

「霊感が強いので天職だと思います!」

〈そういえば、さっきのB沢さんって方、私のこと視えてたわね。彼も霊感強いのかしら?〉

「それは私がC藤さんを視えるように結界を作りましたから」

〈結界……?〉

「実際に会ってもらわないと信じてもらえないですから」


 霊感がない人に幽霊を視せることが出来る。

 とんでもないことをしているのに、何事もないように言うA田に驚きを隠せないC藤。


〈なんか私、あなたのこと見届けたいかも……〉

「え?」

〈別の部屋でどう内見するのか見てみたいわ〉

「良いですね! 一緒に行きます?」

〈止めないの?〉

「C藤さんはこの部屋の前の契約者さまですから。満足頂けるまでお付き合いします」

〈……じゃあ、もうちょっとだけこの世に留まろうかしら。四十九日を逃しても百日もあるし……〉

「行きましょ行きましょ! 決まったのなら善は急げです! あっ、此処から出られるようにしますね!」


 C藤へ手を差し出すA田。


〈よろしく、担当者さん?〉


 二人の手が重なり、触れ合うことはない。

 それでも構わずにA田とC藤は手を繋いで部屋を出るのだった。


 - END -

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