1人暮らしか2人暮らしか
もちっぱち
内見
「こちらですね。」
雲ひとつない空に
冷たい風が吹きすさぶ3月のある日。
不動産会社の佐々木さんは言った。
「え。ここって1Kですか?」
「そうですね。
単身者向けです。」
「結構狭いね。
まあ、一人暮らし用だもんね。
キッチンって言っても
これ、コンロ小さいね。」
香菜子は、じろじろと部屋の中を見て
ボソッという。
「ふーん。」
駿介はチラシ見ていた。
佐々木さんはスリッパを人数分
用意してくれていた。
閑静な住宅街に真っ白い壁に赤い屋根の
6部屋があるアパートだった。
香菜子と駿介は
付き合い始めて10年が経ち、
そろそろ親元から離れたいと思い始めた
駿介は、ひとり暮らし用のアパートの
内見に来ていた。
香菜子は、なぜに一人暮らしの内見に
着いてきてるのか不思議で仕方ない。
独身で28歳。
そろそろ落ち着きたいところ。
いやいや、一緒に住もうよと言う
提案はないのだろうか。
心の中でもやもやしながら
一緒にアパートを見て回った。
「家賃は15000円なら
住めそうだよな。
まー,自炊はあまりしないだろうし
キッチン狭くても良いかな。」
「へー、そう。」
モヤモヤした気持ちのまま
香菜子は部屋の中をぐるぐるまわった。
2人で住むには狭すぎる。
でも、まだ結婚も考えてないし
かと言って同棲は反対されてる。
「いかがですか?」
「とりあえず、今はまだ見てるところなので
キープってことで。」
「そうですか。
お安いのですぐ埋まると思いますから
決まりましたら早急にお願いしますね。」
「はい、ありがとうございました。」
不動産の佐々木さんは
車に乗って事務所に戻って行った。
別行動で来た駿介と香菜子は
自分の車に戻った。
車のドアを閉めてすぐに
香菜子は話し出す。
「あのさ、
今すぐじゃなくても
いずれ一緒に暮らすでしょう?
だったら、
もう少し広い部屋にしようよ。」
「え、だって、家賃高くなるじゃん。」
「折半でしょ。」
「そりゃ、そうだけど。」
「大丈夫、うちのお母さん
私を嫁がせないで婿養子にするって
言ってたから相談するね。」
香菜子は母に電話をし始める。
そこからトントン拍子に
結婚の話まで決まってしまった。
数日後のさらに別なアパートを
内見中
「そういやさ
これってプロポーズ
誰がしたことになってるの?」
駿介は香菜子を静かに指差した。
「ちょ、ロマンチックはどこ言った?!
高級レストランでお酒飲みながら
婚約指輪的な流れじゃないの?!
指輪どこ?」
「ないよ、そんなもん。買えないよ。
安月給なんだから。」
「…まあ、何個も指輪いらないけどさ。」
香菜子は頬を赤らめながら、
1LDKの部屋のベランダから
景色を楽しんだ。
不動産の佐々木さんと駿介は
香菜子を保護者目線で見守るように
眺めていた。
「ここでいいね。」
「ありがとうございます。」
窓を開けると数メートル先で
2両の電車が走っていた。
踏切の音も聞こえる。
うるさいと感じていた音も住んでしまえば
子守唄になるものだ。
【 完 】
1人暮らしか2人暮らしか もちっぱち @mochippachi
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