間の悪い男

そいつは、扉を開けた瞬間、そこにいた。

 まだカーテンもかかっていない、眩しい日差しが入り込む部屋の中央。


 虚な目、青白い顔をした男が立っていた。

 場にそぐわない姿の死霊の姿。

 クリーニングが終わって、真新しいとまではいかずとも、手入れが行き届いて、新たな住人を迎えるには十分な姿の一室。日当たりも良く、大通りからも少し離れている為、騒音も無縁の好物件である。

 

 なのに、だ。

 

 何故お前がいる、と思わず私の口から罵りの言葉が出そうになってしまった。

 首でも吊ったんですか? あ、それとも彼女にでも振られて飛び降りました? なんて、軽快に話しかけて丁重にお帰り願えたらどれだけ良かっただろうか。


 ――くっそ、はよどっか行け。すぐ近所に寺があるからそこ行って話でも聞いてもらえや


 私は、少々焦っていた。

 何せ、今。私は、絶賛仕事中なのである。


「ここ、凄い日当たり良いですね」


 と、ど真ん中に居座った男をすり抜けて、幽霊とドッキングしながら、お客様がとっても眩しい笑顔で話しかけてくれる。

 お客様、もうちょい左にズレて頂けますか。私、堪えるの辛いです。


「近くに大きな建物もありませんし、オススメなんですよ」


 私は笑いを堪えるやら、悪態つくやら忙しくながらも、何とかなる仕事をこなしていく。

 本日のお客様、大城おおき様と山田様。もう直、結婚されるそうで幸せ一杯のカップルでございます。

 もうね、案内している最中もね。幸せオーラが凄いんですよ。子供はもうちょい先で、しばらくは二人でゆっくり過ごしてから考えようと思ってるんです、なんて惚気まで聞かされましたよ。


 しかもね、二人揃って温和でいちいち丁寧で、物腰も柔らかくてね。もうこの二人には一番良い物件紹介するしかないってぐらいの、良いお客様なんですよね。


 なのによ、その一番良いと思っていた物件に、何かいるんですよ。


 ――どうすっかな、こいつ害無さそうだけど。このお二人に住んでいただくには罪悪感しかない

 ――いっそ性悪な客だったら、何の迷いもなしに押し付けるんだけどな


 そんな私の迷いなど、一切気づかない幸せオーラ一杯の二人は、窓の外やらキッチンやらを熱心に眺めている。どうにもこの物件が気に入ったらしい。


「あの、此処に決めようと思います」


 うわあ、とっても爽やかな笑顔。

 

「いや、あと何件か周りましょう! 他にも好条件ありますので」

「でも、此処が最後ですよね?」

「まあ、そうなんですが。いや、まだオススメできる所があってですね」

「でも、此処より良いと思う所なんて無い気もしますけど」


 くっそ、何でそんなに気に入ったんだよ。まあ、此処安いしね! 私も家持ってなかったら、此処良いなって思うもん。けど、居間の中央に陣取ってる男見たら、二度とそんな事思えないんだよ。ああもう何で、今日なんだ。

 私は笑顔が引き攣りそうだった。


「……わ、わかりました。戻って、書類を用意しましょう」


 申し訳ない。大城様、山田様。これ以上不信感を抱かせると、私の仕事に支障が出る。そればかりは御免被りたい。

 せめてものお詫びに、お二人の末永い幸せをお祈り致します。


 不可抗力って事で許してね。

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間の悪い男 @Hi-ragi_000

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