スペース住宅惑星共同会社

和扇

第1話

ティローン


 お客様の入店を知らせる電子音が鳴る。


「いらっしゃいませ~」


 可愛らしい少女が客に笑顔を向けた。


 ここはスペース住宅惑星共同会社。辺鄙な惑星の宇宙港近くに小さな店舗を構える、地域密着型の住宅紹介、賃貸紹介のお店である。


 やって来たお客様の要望に合致するような物件を検索。ヒットした数軒の賃貸物件を提示するが、彼女の向かいに座る未来の住人は決め切れていないようだ。


「あの、この物件、内見って出来ますか?」

「ええ、勿論!ではでは、船を出しますので店舗内でお待ち下さ~い」


 前向きな言葉に、少女は立ち上がってニコニコ笑顔で裏口へと駆けていく。おおよそ三分、彼女は正面入口から入ってお客様を外へと連れ出した。


 そこに停まっていたのはスペース住宅所有の小型宇宙船。流線形のフォルムがカッコいい、しかし三世代は前のオンボロ船である。


 だが整備を欠かさずに行っている事からエンジン快調、更に少女によって特別チューンされている事から亜光速航行も可能な化け物社用船なのだ。


 後部座席で少々窮屈そうなお客様に謝罪しながら、彼女は船を進ませる。目的地の住宅は複数、のんびりと回れるほど時間に余裕はない。そう考えた彼女は高速航行プログラムを起動させ、あっという間に一軒目へと到着した。


「こちら、恒星光が豊かに差し込む好物件です!」


 彼女の言う通り、扉を開けた瞬間に燦燦と輝く恒星が見える。この恒星系の中心である光の球の輝きは、生命を育む命の光だ。それが豊かに当たる物件、中々空かない良い住居である事は間違いない。


 しかし、彼女と共に入室した者は思案顔だ。


「うーん、ここまでのひかり差しは要らないかなぁ……」

「おっと、そうでしたか。では次の物件へ参りましょう!」


 少女の言葉にお客様は頷く。

 彼女の操縦する宇宙船のエンジンが唸りを上げ、またもや瞬時に次なる物件へと到着である。


「大型集合住宅マンション、その中でも見晴らしのいい最上階です!日当たりは良好ですが、先程の物件よりは穏やかですよ!」


 惑星周回軌道上に建築されたコロニー。その中でひときわ目立つ巨大な建築物である。最上階であることからコロニー内の全体を見渡す事が出来る。更に屋上駐船場も契約内に含まれているのだ。


 眺望良好な物件であるが、お客様は懸念を抱いている様子で唸っている。


「えぇと、すごくいい物件だと思います。けどここ、お家賃は……?」

「あーっと、こんな感じですね」


 空中に半透明な画面を出して、少女は家賃を提示する。その途端、質問者は落胆の声を漏らした。


 それもそのはず。周囲の物件と比べて、ゼロが一つ多い程の家賃だったのだ。


「すごく言い辛いんですが、そのぅ、あんまり予算が……」

「ああそうでしたか!それは失礼しました。ちなみにどの程度をお望みでしたでしょうか?」

「こ、この位で……」


 恥じて恐る恐る画面に数字を表示させる。それは一般的な物件でも厳しい、中々の低予算であった。店舗で家賃について話そうとしなかったのは、これを恥じての事だったのだな、と少女は納得した。


「ふーむ、なるほどなるほど」

「流石に有りませんよね?その、他のお店でも断られてしまって……」


 随分と申し訳なさそうに身体を縮めてそう言った客に対し、少女は自身の胸を張ってドンと叩いた。


「なんの!お客様のご要望を叶える事こそ我が社の務め!良い物件を用意しておりますよ!」


 自信満々な彼女の様子に、申し訳なさそうだった表情に希望が戻る。


 二人は次なる物件へと出発した。


「実を申しますと、ご要望のお家賃に合う賃貸物件はございません」

「え」

「で、す、がっ!別の形でならばご用意が可能です!一先ず、その物件にご案内いたしますのでっ、一度見てからご判断を頂ければ!」


 少女の言葉にお客様が不安を覚える。だが続く彼女の話に、何を紹介されるのかと興味を示したようだ。


 三度、あっという間の到着。船から下りた二人は、そこに在る物を見上げていた。


「衛星上に建築された戸建て物件です。周りにな~んにも無いのでプライバシー対策万全、住居の中で何をしても誰にも迷惑をかけません。そしてそして。な、な、なんと!ご予算内で購入して頂く事が可能な物件のです!」


 バッと腕を広げて彼女は住宅を紹介する。


 小さな衛星の上にはその建物だけしか存在せず、周囲は少女の言葉通り何一つ無い。買い物や仕事においては素晴らしく不便である事だろう。


「これは……その、時代を感じる佇まいですね」

「でしょう?築六百年、ですが中は新築住宅もかくや!歴史と快適を両立した家、見た目はボロっちいログハウスみたいですが決してそんな事はありませんよ!」


 売り込まなければならないというのに、少女は思いっきり物件の悪口を言った。


 彼女の言葉通り、建物の見た目はログハウス。なぜ吹きっ晒しの衛星上で無事なのかが分からない、そこに建っている事が奇跡に感じる物件だ。


 そして何より。


「ここ、凄い気温ですね」

「常にマイナス百五十から二百度ですよ。実に快適でしょう?」

「ええ、本当に」


 身を宇宙服に包んだ少女の言葉に、生身で八本腕でタコのような姿のお客様は頷く。


「……よしっ、ここにします。まさか家を持てるとは思いませんでした、ありがとう!」

「こちらこそ、ありがとうございます!」


 互いに笑顔で礼を言い合い、二人はでギュッと握手したのだった。

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