第19話 あ、これ死んだ
「あのさ、それじゃマリアーノは、どうしてあんなに怒ってるんだ? それに、彼氏がいたってどういうことだ?」
「どうもこうもない。マリアーノのやつ、最近付き合っていた彼氏にフラれたんだ。そんな時に、お前とブレアが付き合ってるなんて聞いたものだから、なんかムカついたんだろう」
「そんな理由かよ! 完全にとばっちりじゃないか!」
そりゃ彼氏にフラれたのには同情するが、それでブレアに怒りを向けるのは完全に筋違いだろ。
「なんでもマリアーノさんが、最近ブレアさんの職業探しに付き合わされて面倒と彼氏さんに話したところ、そんな愚痴を言う君は嫌いだってフラれたそうです」
「うぐっ……」
た、確かにそれは、怒りを向ける気持ちも、ちょ〜っとわかるかも。
しかも、ブレアの職業探しは俺のアイディアだから、罪悪感も湧いてくる。
しかし、しかしだな……
「さあ、ブレア。私みたいなのがリア充になってごめんなさいって言ってごらん。そしたら、少しは手加減してあげてもいいわ」
「ひっ……」
「だいたい、あんたみたいな、ちょっと男装したら全然女に見えないようなやつに、どうして彼氏ができるのよ。こんなのおかしいじゃない!」
「ひぃぃっ!」
「この××××! あんたみたいな×××、××××されてしまえばいいのよ!」
「う……うわぁぁぁぁん! 今のは酷いです! あんまりですーーーーっ!」
うん。マリアーノには同情するが、いくらなんでも言い過ぎだろ。こんなの、とても読者の皆様にはお見せできない。
ブレアのやつ、すっかり涙目になっているぞ。
ガストンとエレナもドン引きだ。
「マリアーノ。お前、いい加減にしろよ!」
とうとう我慢できなくなって、俺は叫んだ。
このままじゃ、勝負の結果に関係なく、ブレアが心に深い傷を負ってしまう。そう思うと、いても立ってもいられなくなった。
こっちにも非があるのはわかっているけど、それでも、見過ごすなんてできなかった。
「あぁ? 横から何よ。これは私とブレアの勝負なんだから、手出ししないでよね」
「手出しする気はない。けど、口を出すくらいならいいだろ。だいたいお前、いくら彼氏にフラれたからって、言っていいことと悪いこともわからないのかよ!」
「なっ!?」
「こんなの、ただの僻み。八つ当たりじゃないか!」
「なっ……なっ……」
「そんなんだからフラれるんだよーーっ!」
どうだ。これで、少しは頭を冷やしてくれるといいけど。
俺の言葉が刺さったのか、マリアーノは、魔法の構えをとるのをやめ、肩を落として俯いている。
と思ったら、急にその肩が、小刻みに震えはじめた。
それだけじゃない。
「ふ……ふはは……ふはははは…………アハハハハハハハハハハハハハハ!」
壊れたように笑い出すマリアーノ。けれど、それが本当の笑いじゃないことは明らかだ。
彼女の目は黒く染まり、背後には禍々しいオーラを背負っているように見えた。
つまり何が言いたいかというと、マリアーノは、ものすごく怒ってるってことだ。
「そうね。私はフラれたのよね。あんたらが呑気にイチャイチャラブラブしている時に、ぼろ雑巾のようにフラれたのよ。おかしくない? おかしいわよね? ねえ、そうでしょ? そうに決まってるでしょ?」
「あ、あの……マリアーノさん?」
「こんなおかしな世界、滅んでしまえって思わない? そう、こんな風に」
マリアーノの手が、天に向けられる。
するとその瞬間、空に真っ黒な球体が出現した。
最初手のひらサイズだったその球体は、みるみるうちに大きくなっていく。
そして大きくなるにつれ、周りのものを、空気を、すごい勢いで吸い込み始めた。
「そ、それはまさか、禁呪魔法、ブラックホール! なんでお前が使えるんだ」
禁呪魔法ブラックホールとは、なんでも吸い込む異常な重力の塊を相手にぶつけるという、闇魔法の一種。
この世に存在するありとあらゆる魔法の中でも、最高の威力を持つと言われる魔法のひとつだった。
しかしその強すぎる威力の高さから禁呪とされたし、そもそも扱いが難しすぎて誰も習得できなかったはずなのだ。
「なんか、めちゃめちゃ怒ったら使えるようになった。今からその怒り、あんたにぶつけるから」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
冗談じゃない!
あんなのくらったら、勇者の俺でもひとたまりもないぞ。
無双するのって、本当はブレアじゃなくてマリアーノだったんじゃないのか!?
「が、ガストン。お前さっき、本当に危ないと思ったら庇ってやるって言ってたよな?」
慌ててガストンに助けを求めるが、さっきまでそばにいたはずのガストンは、いつの間にか走って遠くに逃げていた。
「バカ野郎! 誰がお前を守ると言った! あんなもん、責任もってお前がなんとかしろ!」
そんな……
ならばと、同じく逃げていたエレナを見る。
「エレナ。いざとなったら、回復魔法をかけてくれ」
「必要なのは回復魔法でなく、お葬式の準備だと思います」
死ぬの確定かよ!
だが、そう思うのも無理はない。かくいう俺も、生きた心地なんてしなかった。
腰は抜け、体はガタガタと震えている。
そうしている間にもマリアーノの作ったブラックホールはますます大きくなっていき、人ひとりくらい簡単に飲み込めるくらいのサイズになっていた。
そんなブラックホールが、とうとう俺に向かって放たれる。
「リア充なんてみんな、滅びればいいんだーーーーっ!」
あ、これ死んだ。
もはや俺は、生きるのを諦めた。だってどう足掻いても無理だもん。
このままブラックホールに飲み込まれ、肉片ひとつ残らず完全消滅するんだろうなと、逃げる気力すらわかなかった。
腰を抜かした俺の前に、彼女が立つまでは。
「アレックスさん!」
ブレアだ。
彼女は俺を庇うように、一人でブラックホールの前に立ち塞がっていた。
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