第14話 社会的な死

 一糸まとわぬ姿で悲鳴をあげながら倒れている女の子。

 その上に覆い被さる俺。

 その状況を目撃したパーティーメンバーは、案の定パニックだった。


「うわっ! お前たちなにやってる!」

「アレックス、あんたいったい何やってるのよ! まさか、嫌がる女の子を無理やり……」

「不潔。最低。全女性の敵……」


 ほら、やっぱりこうなった。

 だよな。俺がこいつらの立場でもそうなる。


「ち、違……」

「違います!」


 無駄だとわかっていながらも、立ち上がり、なんとか弁解しようとしたその瞬間、俺より先に、ブレアが叫んだ。


「ぼ、僕とアレックスさんは、遊んでただけです! その……落ち込んでる僕を元気づけようととしてふざけていたら、僕がつい転んじゃって、ただそれだけなんです!」

「ブレア……」


 この絶望的な状況を乗り切る方法が、たったひとつだけあった。

 それは、被害者であるブレアが、オレを庇ってくれることだ。


「だからアレックスさんは、最低でも不潔でも全女性の敵でもありません!」


 ブレア自身の言葉は、俺を非難めいた目で見ていたメンバーにも届いたようだ。

 まあそれならって感じで、明らかに落ち着いてきている。


 ただし、それも束の間。別の揉め事の火種が生まれるまで、時間はかからなかった。


「なるほど。アレックスがブレアを襲ったわけじゃないのはいいとして、その体、ブレア、お前女だったのか」

「えっ…………ひゃぁぁぁっ!!!」


 ガストンに指摘され、悲鳴をあげながら体を隠すブレア。

 このパターン、もう何度目だ?


 とりあえずガストンは後ろを向いたが、女性陣二人はそうはいかない。

 驚きながら、ブレアの体をまじまじと見ていた。


「えっと……つまりブレアさんは、女性ってことでいいんですよね?」

「なにそれ。そんなの聞いてないんだけど、隠してたってこと?」


 まあ、気になるよな。ついさっきの俺もそうだった。

 だが、ここで話を続けるには、あまりにも人数が多い。あと、ブレアにもいい加減服を着せた方がいいだろう。


「お前たちが色々気になるのは仕方ない。だが待て。いったん事務所に戻ってくれ。詳しいことは、そこでちゃんと話すから」


 そう言って、全員を脱衣所から出し、事務所に向かわせる。

 ただし、俺だけは脱衣所を出てすぐのところに残った。

 みんなに色々伝える前に、ブレアと話がしたかったから。


「あの、お待たせしました」


 着替えたブレアが、脱衣所の扉を開く。

 いつも見ていた、男物の服。この格好もあって、今までこいつが男だってことに、なんの疑問も持たなかった。

 けどよく見ると、小柄な体格や可愛らしい顔つきのように、女だと判断できる材料はあったんだよな。


 けど、したい話というのはそれじゃない。


「さっきは悪かったな。それと、みんなから責められた時、庇ってくれてありがとな」


 みみんなも、ブレアが女だという衝撃はあっただろうが、それを俺が押し倒している図というのも衝撃だっただろう。


 もしもあの時ブレアが庇ってくれなかったら、今頃どうなっていたかわからない。


「あ、あれは事故でしたし、それに、アレックスさんに何かあるなら、絶対になんとかしなきゃって思ったんです」

「うん?」

「アレックスさん、さっき僕に言ってくれましたよね。ずっとこのパーティーにいてくれって。僕が必要なんだって」


 ああ。そういえば、パーティーを抜けるのを引き止めるため、そんなことを言っていたな。


「僕、すごく嬉しかったんです。こんなにも誰かに必要だって言ってもらえたの、初めてだったんです。そんなアレックスさんが、あんな誤解で悪く言われるかもしれない。そう思ったら、絶対になんとかしないとって思って、気がついたら叫んでました」

「ブレア、お前……」


 確かにあれは事故だったが、こいつが恥ずかい思いをしたのは事実だ。

 なのに、咄嗟にそこまで俺のことを考えてくれてたなんて。


「こっちこそありがとな。そんなにしてくれて、すっごく嬉しい」


 ブレア。お前、めちゃめちゃいいやつじゃないか!

 こいつを引き止めようとしたのは、追放したらザマァされるってわかってるからだ。


 けどな、こんなにいいやつなら、例えザマァされなくても、無双できる力なんてなくても、追放することなんてないじゃないか。ずっとこのパーティーにいてほしくなるじゃないか。


 そんな気持ちが込み上げてきて、思わず涙が出そうになる。


 だがそこでブレアは、顔を曇らせた。


「けど、他の皆さんはなんて言うでしょう。アレックスさんはよくても、今まで嘘ついてた僕のこと、受け入れてくれるでしょうか」

「それは……」


 それは、どうなるんだろうな。

 もちろん、あいつらは性別がどうこうで差別するようなことはしないと思う。

 だが、ずっと隠し事をしていたとなると、少々話が変わってくるかもしれない。


「し、心配するな。いざとなったら、俺が説得してやるから」


 そうは言ったが、俺もまた、これからあいつらに説明しなきゃいけないことに、不安を覚えずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る