第12話 この状況で悲鳴はまずい!

 その問いに、ブレアは何も答えない。

 ただ顔を真っ赤にし、ぷるぷると体を震わせ、目から涙がポロポロと流れている。


 そして大きく息を吸い込んだところで、俺は自分の危機を察した。


 まずい。こいつ、悲鳴をあげるつもりだ。

 そんなことしたら、他の奴らがやってくる。そして目撃するのは、泣いている裸の女の子と、その目の前に立つ俺。

 そんなことになったら、社会的に死ぬ!


 これだけの思考をしたのは、僅かコンマ数秒の出来事だ。

 俺だって伊達に勇者やってる訳じゃない。危険察知と、それを回避するための思考能力は一級品なんだよ!


 ならば、この危機をどうすれば乗り切れるか。

 とりあえず悲鳴をあげさせないため、その口を塞ぐ!


「んーっ! んーっ! んんんんーーーーっ!」


 間一髪。悲鳴をあげる直前、ブレアの口を手で塞ぐことに成功した。

 なんだか、見た目はより犯罪っぽくなったが、社会的に死なないためには、これしか方法がなかったんだ。


 問題は、これからどうするかだ。

 このまま口を塞いだままってのもまずいが、手を離した瞬間叫ばれては何にもならない。


「い、いいかブレア。色々言いたいことはあるだろうけど、まずは落ち着け。落ち着いてくれ。頼む」

「んんーっ!」

「今から手を話すけど、絶対に叫ばないでくれ。俺、社会的に死んじゃうから」

「んんんーっ!」


 何を言っても「んー!」しか返ってこないから、わかってくれたかどうかはわからない。

 けど、ここはブレアを信じよう。


 恐る恐る手を離すと、俺の言うことを聞いてくれたのか、ブレアは叫んだりはしなかった。


 ただ、勢いよくしゃがみこみ、体を隠すように丸くなった。

 俺も、これ以上見てはいけないと背中を向ける。


「わ、悪い。見るつもりなんてなかったんだ。って言うか、お前が女だって知らなかったし。えっと……前から女だったんだよな?」

「は、はい……」


 我ながら、なんてバカなことを聞くんだって思ったが、ずっと男だと思ってたんだから仕方ない。


「と、とりあえず服を着ろ。いや、俺が出ていけばすむ話か」

「ま、待ってください!」


 脱衣場から出ていこうとする俺を掴み、引き止めるブレア。

 だ、だから、服を着ろって!


 いや、いつの間にか、体にタオルを巻いているか。それにしたってすごい格好だが、無いよりはずっとマシだ。


「だ、ただ、騙していて、ごめんなさい! 本当に、すみませんでした!」


 そう言ったブレアの声は震えていた。


 騙す、か。

 そうだよな。俺の勘違いじゃなけりゃ、こいつを採用する時に見た履歴書には、確かに男と書いてあったはずだ。


 そして思い返すと、今までこいつが俺たちの前で着替えたり服を脱いだりしたことは一度もない。

 何度も一緒に冒険してきたが、ただの一度もだ。

 そしてこの家で一緒に暮らし始めてからも、今日まで風呂や脱衣所で鉢合わせということはなかった。


 それも全部、自分が女であるのを隠すためだったのか。


「って言うかお前、それでよく俺と一緒に暮らすことにしたな。そんなもの、バレる危険もめちゃめちゃ高くなるだろ」

「そうなんですが、あれよあれよと決まって、断りきれなくなったんです。何度も断ったら怪しまれるかもって思って、つい……すみません」


 ついでこんなぶっとんだことをするな。

 そう言いたかったが、何度もすみませんと謝るのを見ると、そんなふうにツッコミを入れることもできなかった。

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