第9話 勇者パーティーを追放されかかったビーストテイマー、可愛い犬と会う

「ほらー、ポチ。ボールだぞー、とってこーい」


 街の近くの森で、犬と戯れるブレア。

 遊んでいるのかって? そうじゃない。


 先日、ブレアは俺の勧めでビーストテイマーにジョブチェンジして、今はその特訓中だ。

 ビーストテイマーとは、魔物や動物を自由自在に使役する職業。当然、動物がいないと意味がないから、犬も買ってやった。

 街のペットショップにいた、戦闘用の大型犬。名前はポチだ。


 それで、今はそのポチとの信頼関係を結ぶための特訓中。俺をはじめ、パーティーメンバーはその見学だ。


「あの、アレックスさん」

「どうした、エレナ?」

「どうしてブレアさんの職業をビーストテイマーにしたんですか? もっとポピュラーなものがあるのではないですか?」

「もちろん、普通に考えればそうだ。しかしそれだと意外性がない。まさかこんなと思えるような職業こそ、チート無双の可能性を秘めているんだ」

「はぁ……?」


 俺の説明にエレナは首を傾げるが、わからないならわからないでいい。

 ブレアが隠された実力を発揮すれば、嫌でもその強さを認めることになるだろう。


「で、私達はいつまでこの特訓を見学しなきゃいけないわけ?」


 マリアーノが不満そうに言うが、心配無用。

 ブレアの特訓は順調だ。


「よーしよし。ポチ、いい子だそー。あっ、やめろよ。くすぐったいぞ。それなら僕も撫で返してやるーっ!」


 見ろ、この仲睦まじい光景を。見るからに最高の動物と飼い主の図じゃないか。


 って言うか、ポチと戯れるブレア、なんだかかわいいな。

 やっぱりコイツ、男の娘要素を入れようとしてたんじゃねえの?


 まあ、そんなことはこの際どうでもいい。


「ブレア。ポチとはすっかり仲良くなったようだな」

「はい! 最初は、僕にビーストテイマーなんてできるかな、ちゃんと育てられるかなって不安でしたけど、今では最高の相棒です!」

「そうだろそうだろ。この調子なら、もうすぐ実戦に出ても大丈夫そうだな」

「もちろんです。なあ、ポチ」

「ワン!」


 やる気も十分。実に頼もしい限りだ。

 だが、そんなほのぼのとした時間は、突如破られる。


 近くの茂みからガサガサと音がしたかと思うと、そこから一体の魔物が現れたのだ!


「うわっ! 魔物だ!」


 現れた魔物は、クマベアという熊に似た魔物だ。

 森とはいえ、街の近いこの場所で、魔物が一体だけ現れるのは珍しい。


 だが、こっちも勇者パーティー。全員が、すぐに迎撃態勢に移る。


「クマベアか。図体はデカいが大した手強くもないし、しかも一体。楽に倒せる相手だな」

「まったくだ。いや、待てよ……」


 ガストンの言う通り、こんなヤツ俺たちにかかれば楽勝だ。

 だが、せっかくブレアが特訓していたんだ。今こそその成果を見せる時じゃないか。


「おい、ブレア! お前とポチで、こいつを倒すんだ!」

「えっ? 僕たちがですか!?」

「そうだ。お前ならできる。ビーストテイマーとして生まれ変わった実力、俺たちに見せてくれ!」

「は、はい!」


 俺に鼓舞され、ブレアもその気になったようだ。ポチを引き連れ、クマベアと対峙する。


「本当に、大丈夫なんでしょうね。ポチもろとも、あっという間にやられるんじゃないの?」

「まあ見てろって。きっと、あっという間に倒すはずだからさ」


 俺はもちろん、ほかのメンバーも一切手出し無用で、勝負の行方を見守る。


 ブレアはまず、ポチを自分の前に立たせて、指示を出す。


「ポチ、こいつを倒すんだ!」


 優秀なビーストテイマーに使役された動物は、子犬だって強き魔物を倒すという。ポチもきっと、クマベアくらい楽勝で倒してくれるだろう。

 そう、思ったのだか……


「くぅ〜ん」


 クマベアを前にして、一歩二歩と後ずさりするポチ。その足は、小刻みに震えていた。


「えっと……どうした、ポチ? 怖いなら、戦うのやめようか?」


 いや、ビーストテイマーとしては、ここは戦わせなきゃダメだろ。


 だが次の瞬間、ポチはクルリとクマベアに背を向け、一目散に逃げ出した。


「あっ! 待ってポチ。行かないで!」


 これはまずいと、慌ててポチの前に立ち、捕まえようとするブレア。

 だがブレアの手がポチに届くその瞬間、なんとポチは、その手に噛みついた。


「痛っ!」


 怯むブレア。さらにポチは、そんなブレアを後ろ足で蹴飛ばすと、振り返りもせず一目散に去っていった。

 そして、二度と戻ってこなかった。


「ポチーーーーっ!」


 ガックリと膝をつくブレア。その目には、涙が浮かんでいる。

 たった今最高の相棒と言った相手に、噛みつかれ足げにされ、さらには見捨てられたショックは、途方もなく大きいようだ。


 そんなブレアの背後に、クマベアが迫る。


「やべぇ! 助けないと!」


 慌てて飛び出していって、クマベアは難なく撃破。ブレアは無事だった。


 しかし…………


「ポチ……ポチ………うわぁぁぁぁぁん!」


 どうやら、心の方は無事とはいかなかったようだ。

 むせび泣くその姿に、俺たちは何も言うことができなかった。


 すまんブレア。ビーストテイマーは、お前にふさわしい職業ではなかったようだ。




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