無理無理無理無理
宮塚恵一
住宅内見
「失礼しまーす」
私はそっと声に出して、内見に来た一軒家の玄関戸を開けた。
私一人だ。鍵は郵便受けに入れてもらった。町の不動産だと割と許してくれる。私は他人と話すのが極度に苦手だし、それで済むならありがたい。
「綺麗だな」
入った瞬間の印象として、よく手入れされている。壁紙も綺麗に張り替えてあるし、床もピカピカだ。他の部屋も気になるところはなかった。
以前に内見した部屋はお風呂の錆なんかがそのままで、台所にゴキブリとムカデがダブルで這い出て来たことがある。流石にこれは、とそこはスルーした。
「良いじゃん」
決して広くはない物件だが、これで家賃月9900円は破格だ。でも事故物件でもなさそうだったし、これなら──。
と、寝室のクローゼットを開けた瞬間だった。
ゲラゲラゲラゲラ!
どこからか笑い声が響いた。
「ひっ」
何事かと咄嗟に振り向いて、私は腰を抜かした。
チェーンソーを持った男が立っていた。
それも片手に一本ずつ。
恐ろしく血走った目。男が私に向かって走ってくる。
逃げよう。
だが体が動かない。男が二本のチェーンソーを振り回して迫る。私は目を瞑った。
「──あれ?」
目を開けると、男が消えていた。
私はゆっくり立ち上がった。
ゲラゲラゲラゲラゲラ!
また笑い声。一体どこから。部屋全体から聞こえる気もする。私は動き出した足を持ち上げ部屋を出た──。
「う、わああ!」
──鮫だった。
何だあれ。
部屋を出たと思ったら、廊下に鮫が漂っている。鮫と私の目があった。鮫は空中を泳ぎ、私に突っ込んでくる。鮫は飛ばないだろとか、そんな頭を割く余裕はない。
私は本能で駆け出す。無理無理無理無理。
駄目だ、この部屋は無理だ。ゴキブリとかムカデの比じゃない。
今度は腰を抜かさなかった。
急いで玄関へ。扉を開け、すぐ家を出る。
へなへなと、そこで改めて腰が抜けた。
っていうか鮫?
──は? 鮫?
私はすぐに不動産会社に電話をかけた。
「すみません、あの部屋無理です」
無理無理無理無理 宮塚恵一 @miyaduka3rd
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