三分で選ぶ、人生最期の選択

明里 和樹

新たな門出

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


【03:00:00】


「よ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね」


【02:59:99】


 受付の方に呼ばれて通されたそこは、神殿のような厳かな雰囲気のある、床も家具も真っ白な部屋だった。ちなみに壁と天井はない。きれいな青空がどこまでも広がっている。

 そんな不思議な部屋の中央、私の目の前には、神秘的な装飾の施された書斎机と椅子に着席されている、真っ白でフサフサな髪と髭を蓄えたご老人がいた。


 私のこれからの人生が決まる三分間の始まりである。


 その事実に緊張しながらもなんとか挨拶をすると、優しい語りでの挨拶が返ってきた。うん、近所の優しいお爺ちゃん、っていう感じで少し緊張が解れる。


【02:52:76】


 そうこうしている内に、お爺さんの机の上、こちらに向けて置いてあるタイマーが、もうすぐ十秒経過しようとしていることを示している。まだ挨拶しただけなのに……。


「ではこれから、あなたの生まれ変わり先について決めていきますね」

「は、はい……」


 そう、ここは現世ではない。いわゆる天国、とか、あの世、とか呼ばれる場所である。


 そして私はこれから、自分の生まれ変わりという、新しい人生の重大事項について決めなければならないのである! …………三分以内に。短すぎない⁉


「ごめんねえ……昔は一人一人、できる限り希望を聞いていたんだけど、最近は『定時で上がれ』『サービス残業するな』『神の世界我々の業界がブラックでは示しがつかない』って、いろいろと厳しくてねえ……」

「あ……いえ、お気遣いありがとうございます。神様の世界も大変なんですね……」


【02:38:71】


 私の心の内を読んだかのようなお爺さんの説明に、素直な感想を述べる。現世もあの世も世知辛いのは一緒らしい。そうこうしている内に二十秒が経過した。まだ雑談しかしていないのに……。


「じゃあまずは、これに目を通してくれるかな」

「これは……?」


 スッ、と差し出される、一枚のタブレット。……タブレットなんだ神様業界。


「これはねえ、生前のあなたの行いから算出されたポイントと、それを使って得られる才能や特技なんかの一覧だよ」


 画面の上部には私の魂の番号マイナンバーと手持ちのポイント、その下には私が獲得できる才能と消費ポイントが、ズラリと並んでいた。


「な、なるほど。なんだかゲームみたいですね」

「最近の人はその方がわかりやすいみたいだからねえ」


 朗らかなお爺さんの言葉に耳を傾けながら、画面をスクロールさせて目を通していく。


 えーとなになに……頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、他にも料理、芸術、コミュ力……あ、記憶引継なんてのもある。う〜ん、いろいろあって正直選びきれない。来世の自分に関わることだから、なるべく良さそうなのを選びたいしなあ。


「気になる項目があったらタップすると、詳細な説明が見れるからね」

「あ、はい……」


 ますますゲームみたいだなあと思いつつ、その言葉のままに頭脳明晰の項目をタップすると『《頭脳明晰》──地球でいうところのIQが高くなる。なお、学力は上がらないので、そちらを望む場合は《成績優秀》を獲得することをお勧めする』と表示される。んんっ? これ結構慎重に選ばないと、思ってたのと違う! ってならない?


 ふと、残り時間が気になり、タイマーを確認する。


【01:59:08】


 う、もう二分切ってる……。


 いやいやいや、まだあと二分ある。落ち着いて慎重に、でもできるだけ速やかに項目を確認すれば間に合う……はず!。


 ……。


 …………。


 ……………………。



 ちゃら〜〜♪ ちゃちゃ〜〜♪ ちゃちゃ〜〜ちゃちゃ〜〜♪ ちゃら〜〜ちゃちゃ〜〜ちゃら〜〜♪


 何ーっ⁉


 突然流れ始めた、閉店の音楽でお馴染みの、日本人なら誰もが聞いたことのあるあの曲にビックリして顔を上げると、ふと、机の上のタイマーが目に入る。


【00:59:32】


 あれ⁉ いつの間にか一分切ってる⁉


「驚かせてごめんねえ。残り一分になると、音楽が流れるようになっているんだよ」


 ああ、だからホ○ルの光なんだ……。


「じゃあ時間がないから同時進行で決めていくけど、生まれ変わり先の世界や国に希望はあるかな?」


 ここに来て新情報! 時間ないのに!


「ええっと……ど、どんな世界があるのでしょうか?」

「そうだねえ……あまり文明は発達していないけと長閑な世界、科学が発展しているけど規則に厳しい世界、魔法があるけど全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがいる危険な世界……と、いろいろな世界があるねえ。ああもちろん、あなたのいた地球も候補先にあるよ」


 へー、いろんな世界があるんだなあ。……というかバッファロー⁉ 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れって何⁉ 怖っ!


「あ、それなら──」

「ただねえ、やっぱり生前の世界、生前と同じ国に生まれたい、という希望者は多くてねえ。こちらとしてもなるべく希望は叶えてあげたいんだけど、希望者需要に対して新生児供給足りて追いついてないんだよねえ。……特にあなたの国は」


 こんなところにまで少子高齢化の影響が⁉ ちょっと! 現世の人たち! いろいろ事情があるとは思うけどがんばって!


【00:28:25】


 ふとタイマーを見ると、残り三十秒を切っていた。


 あああああ! ……も、もう時間がない!


「もうあまり時間はないけど落ち着いて。大丈夫、十秒で世界を決めて、もう十秒で才能を決めれば間に合うから。とりあえずパッと思いついた条件を、第三希望くらいまで言ってみてくれる?」


 刻一刻と減っていく残り時間に焦り、危うくパニックになりかけていたけど、お爺さんのその助言で、少し冷静さを取り戻す。


 ええっと、まず十秒で世界……第三希望まで。残り十秒で才能を選ぶ……。


【00:21:39】


「えっと、第一希望は地球の日本でお願いします!」

「うん……地球の、日本だね」

「だ、第二希望はえーと……平和な世界の治安の良い国で!」

「うんうん、平和な世界の治安の良い国だね」

「第三希望は治安の良い世界の平和な国でお願いします!」

「はい、治安の良い世界の平和な国だね」


 これならまあ少なくとも命の危険とかはない……はず! 第二希望と第三希望が若干被っているのは保険! 魔法とか科学とか興味はあるけど、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがいるような物騒な世界とかは嫌です! とりあえず平和で安全に暮らしたい!


【00:12:23】


 チラッとタイマーを見る。まだ大丈夫! あと約十秒で才能を決める!


「そうそう、余ったポイントは、生まれ変わったあなたの隠れた才能や能力の上限値に変換されるからねえ。これは欲しい、という才能だけを選んでごらん?」


【00:07:52】


 そ、そうなんだ。ならえ〜と──。


【00:03:28】


 ──これと、これと……これ!


 瞬間的に閃いた才能を三つ選ぶ。時間は⁉


【00:00:39】


「うん、《無病息災》と《厄除け開運》それと《交通安全》だね」


 よし、間に合ったー!


【00:00:00】


「はい、お疲れ様でした」

「お、お疲れ様でした〜」


 なんとか時間内に終え、は〜〜、っと安堵の息を吐き出…………ん? あれ? なんだか……意識が…………。


「慌ただしくてごめんねえ。大丈夫、落ち着いて。既にあなたの生まれ変わりが始まっているだけだから。そのまま楽にしていてね」

「そ、そうなんですね」

「それにしても《無病息災》《厄除け開運》《交通安全》とは。……あなたは欲のない人だねえ」

「そ、そうですかね? 自分ではだいぶ強欲なお願いで……あっ!」

「どうかしたかね?」

「家内安全を忘れてました……」

「ふぉっふぉっふぉっ《家内安全》だね。それも追加しておくよ」

「えっと……いいんですか?」


 既に時間切れですが。


「なあに、あなたはまだ生まれ変わっていないここにいるからね。だからちゃんと時間内だよ」

「あ……ありがとうございます。あ! あと、アドバイスもありがとうございました。おかげでなんとか時間内に終えることができました」

「ふぉっふぉっふぉっ、なあに、こちらの都合でだいぶ急かしてしまったからねえ。これくらいはお安い御用だよ」


 フサフサのお髭を撫でながら、そう穏やかに話すお爺さん。


 ……あ、なんか……もう…………意識が…………。


「……そろそろかねえ。では、最後に一つだけ。大事な選択は、じっくりと時間をかけて、納得のいく結論を出すことも大事だよ。でも、追い詰められて余裕のない時にこそ、本当に、心から欲しいものがわかる時もある」

「なるほど…………ん? じゃ、じゃあ、この、生まれ変わり先を決める時間が三分間しかないのって……」

「ふぉっふぉっふぉっ、さあて、どうかのう」


 そう言って茶目っ気たっぷりに笑う、お髭のお爺さん。


 あ、まずい……だいぶもう…………意識……が…………。


 今にも消えそうな意識を気合で保ち、なんとか最後の挨拶……素直な気持ちを言葉にする。


「……あ、あの! いろいろとありがとうございました! お元気で!」

「あなたの新しい人生に、幸多からんことを。達者でのう」


 薄れゆく意識の中、お爺さんのその言葉と、穏やかな笑顔を、しっかりと目に焼き付ける。


 はい、行ってきます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三分で選ぶ、人生最期の選択 明里 和樹 @akenosato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ