第7話 龍の神子とロードの王

 ロードの国にとって、神子と龍の百年に一度の代替わりは、何を差し置いても成し遂げねばならない一大責務である。

 この世界の国は、龍の加護により国を建て、維持している。

 龍なき国は、国ではない。それは隣国のブラックウィル、大帝国の羅であっても例外は無かった。

 龍となされる国との約束は、国によりそれぞれであるが、ロードの国は“龍の神子”であった。

 龍の神子――それは、ロードの龍と契を結び、百年の時を永らえ龍と共にロードを加護する特別の存在。

 百年に一度、どこの龍も代替わりをするのであるが、その際、神子は“龍の卵”を産むのである。

 龍の卵かえるとき、神子もまたこの世に生を受ける。そして巡り合い、契を結び、百年の時を共に生き、死ぬのだ。

 そしてロードの王族の直系は、神子と対等の立場にあり、感応の力の強い神子を助け、支えることのできる唯一の存在なのである。

 また、ロードの王は、龍と神子の神力により代々子を成してきた。

 いわば王族は、龍と神子の魂の子孫と言えるのだ。王族と神子は、不思議の縁で結ばれている。

 それはシルヴァンとマイケルも例外ではなく、ふたりは初めて会った時から、他人の感覚が無かった。

 未覚醒の神子は、特に感応の力の抑制が難しく、体調が不安定になることが多い。それを支えることが出来るのは、新たな神子と対の存在である王太子、シルヴァンだけだ。

 シルヴァンは己の役目に誇りと責任を持ち、必ず全うする気持ちでいた。

 神子という存在は、今までの生活を捨て、覚醒の後は肉体の時を止め、百年の時を生きる。

 尊き仕事だ。しかし、どれほどの覚悟と孤独が神子のうちにあるか……想像に難くない。

 だから、シルヴァンは尚のこと、自らの命が続く限りマイケルと共に歩き、生の喜びを分かち合いたいと決めていた。


 それは、アレフ、ベイジル、クリストファー……三人も知るところであり、覚悟の上であった。


(皆、神子を支えることを楽しみに、使命に燃えていたのに)


 まさかこのようなことになるとは。自らの状態を三人が預かり知らぬことも悲しい。

 シルヴァンは、リリエットへの怒りを募らせる。


(このように意思を支配して……人の人生を何だと思っているのだ)


 とにかく、シルヴァンは何としてもマイケルと共にいなければならないのだが……現実は厳しい。

 共にいるための対策はこうじたが、それの認可がおりない状態だ。


(以前はすぐ通ったのに……学園長閣下はいったい……)


 シルヴァンは懸念を強めつつ、とにかく走っていた。


◇◇


「あれっ、殿下」

「ああ、マイケル。補習が終わったのか」

「うす」


 廊下を歩いていると、マイケルと行き合う。ちょうど後ろにダンを連れていた。ダンはシルヴァンの二人の側近の内のもう一人で、主に護衛を担っている。

 こうして神子の側を離れねばならない時は、いつもダンに頼んでいるのだ。


「殿下のつけてくれた先生は公平でいいっすね。出来ねえから叱られるってわかるもん」

「それはよかった」

「殿下、お急ぎですか」

「ああ、少し――」


 しばし足を止め話していると、学園長が向こうから歩いてきた。

 隣にラファエルを、後ろにアレフ、ベイジル、クリストファーを連れている。学園長は、シルヴァンたちを見ると「おや」とぴくりと鷲鼻をひくつかせた。


「学園長閣下。ご機嫌麗しゅう」


 シルヴァンが礼を取る。マイケル、ダンもそれにならった。学園長は面白からぬ素振りで、うんと背をそらした。


「これは殿下。お暇なようで何よりです」


 マイケルをねめつけ、シルヴァンに向き直る。


「学園生活を謳歌されるも結構ですが、責務は果たされるがよいかと。周りのものが苦しいですでな」


 言いながら、すっと書類をあおいでみせた。シルヴァンは目を見開く。


(盗られた書類……!)


 シルヴァンは苦々しく思ったが、「手間が省けた」と思い直した。


「閣下、恐れ入りますがその書類はまだ処理が済んでおりませんゆえ――」

「必要ない」


 シルヴァンの言葉を遮り、学園長は言った。そして軽蔑したように笑う。


「ハイド卿が完璧に済ませてくれていた」


 示された書類には、「予算の追加申請を許可する」とラファエルの印がおされていた。シルヴァンは、


「しかし、私の印ではありませんゆえ」

「殿下、手柄だけを欲するのは上のものとして立派な行いとは言えますまい? 私が代行で印をおしたので、あなたの印は最早必要ない」


 そう言って、ゆら、ゆら、と通りすがっていった。アレフ、ベイジル、クリストファーが、勝ち誇った笑みを浮かべてそれに続いた。

 ラファエルだけは、そこに留まり、シルヴァンを見下した目で見つめた。


「『今回も』済ませておきました。余計なこととおっしゃられても、学園のため、働かずにはいられませんでしたゆえ」


 顎をつんと上げて言い放つと、学園長らの元へ行く。学園長は、厳格な顔をくしゃくしゃにとろかせて、ラファエルを見つめた。


「さすがハイド卿。心構えが違いますな」

「ははは……――」


 そう言って楽しげに去っていった。


「おのれ、抜け抜けと……」

「何でえあいつら。殿下、大丈夫かよ」


 ダンがシルヴァンのため抑えていた殺気をあらわにした。マイケルは状況が飲み込めないらしく、顔中に疑問符を浮かべ、シルヴァンに尋ねる。


「問題ない」


 シルヴァンは二人に応えつつ、拳を握りしめていた。学園長までも……その言葉が頭の中でくるりと旋回する。


(おのれリリエット……! どれだけ皆を貶めるか……!)


 一体何がしたいのかというとおそらく神子の妨害、国の転覆で、そのために、シルヴァンの評判を下げるつもりなのだろう。

 王太子である自分の評判が下がれば、対の存在である神子の評判も自ずから下がるからだ。

 しかしその為に、このような無法を彼らに勝ち誇らせるなど、高潔な彼らに、これほどの屈辱はない。

 本来ならば、皆でマイケルを助け、笑い合っていたはずなのに。

 そう思うとシルヴァンは怒りで胸が熱く燃えた。


「殿下?」

「大事ない、マイケル。私は負けぬぞ」


 くるりとマイケルをかえりみると、拳を握る。

 学園長まで狂ってしまったのならば、自分のとった対策が認可されないのも道理だ。


(それならば、こちらも別の手に出るまで!)


「マイケル、頼みがあるのだが――」


 かならずや神子を助け、学園、国も守って見せる。

 シルヴァンは闘志を燃やした。


「えーっ、俺が会長補佐に!?」


 マイケルの叫びがこだまするのは十秒後のことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天秤の鎌〜逆断罪される王太子ですが、悪役令息、何か君キャラ変わってないか?〜 小槻みしろ/白崎ぼたん @tsuki_towa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ