第6話 リリエットの凶行

「殿下、申し訳……」

「よい。いまは体を休めよ」


 シルヴァンは手を握り、彼らを励ました。それに涙し、二人は気絶した。

 手配を終えたネイサンが、シルヴァンの、そばで忌々しげに息をつく。


「今度はアレフ卿ですか。この間はベイジル卿」


 どうせ次はクリストファー卿でしょう。乾いた声は怒りではなく呆然としていた。


「いったい卿らは、このひと月どうなさってしまったんでしょう?」


 皆も悲しげに顔を俯かせた。それについては、シルヴァンは返す言葉もない。ただつらい気持ちで聞いていた。

 そうなのだ。


(アレフ、ベイジル、クリストファー。君たちは、ひと月前より狂ってしまう)


『どうしてしまったんでしょう、ラファエル卿は』

『わからぬ。だが、我らがフォローするしかなかろう』

『そうですね、皆さん頑張りましょう!』


 それまでは、おかしくなったラファエルに戸惑いながらも、シルヴァンと共に、一心に学園のため国のため身を粉にしてくれていた。

 それが、シルヴァンが回帰した日に狂ってしまうのだ。同じく回帰したリリエットの力によって。

 一度目の生は皆平常で、ラファエルと皆で対峙しきった。

 リリエットの力が彼らにおよびだしたのは、シルヴァンの一度目の回帰、二度目の生からである。彼らはラファエルを全肯定し、場をわきまえず求愛するようになり、そしてシルヴァンとマイケルを敵視するようになったのだ。

 回帰は一度目の生、シルヴァンが十八になる春に戻る。

 つまり彼らはひと月前までは、平常だったのだ。

 昨日まで笑いあった友が、今日いきなり牙を向ける。

 自分はまだいい。回帰していることも、彼らの狂いがリリエットによるものだと知っている。

 しかし、ネイサンをはじめここにいる皆は知らないのだ。まさしく青天の霹靂。恐怖と絶望は比ではないだろう。彼らの心中を思うと、シルヴァンはやりきれなくなる。


(しかし四度目ともなると、全く手段を選ばぬようになってきたな)


 回帰をますごとに、事態は手強くなると神々は言った。つまりこのようにして、リリエットは、シルヴァンの仲間を奪い、力を削いでいこうという考えなのだろう。

 この間は、ベイジルが鍵を複製し、シルヴァンの書類を抜き、書類を捏造しようとした。


(ラファエルに書類を渡すために……)


 ラファエルの為、彼らはこんな犯罪まがいのことをやるのだ。

 五年前から、ラファエルは、シルヴァンの仕事を勝手に抜き出しては、自分の仕事の片手間にして、「やってないので、やっておきましたよ」と報告してくるクセができた。

 それが、すり合わせもなく全て自分の裁量で案を通そうとしたり、書類を突き返したりするという、ずさんなやり方なので、結果的に仕事はかさんだ。

 だからそのたびに皆で止め、仕事を回してきたのだが……。

 回帰してからは、三人はその手助けを一心に行っている。仕事は荒れる一方で、シルヴァンたちはまず、四人の尻拭いから仕事を始めることになった。

 

 その為、シルヴァンは自分の机に強い魔法をかけ、自分以外は自分の書類に触らないようにした。

 印を肌身はなさず持ち歩き、勝手におされないよう、また偽造させないようにした。

 流石に四度目ともなれば、対策はとれるが……向こうも流石に四度目ということだった。

 しかし、落ち込んでもいられない。およそ五秒ほどの高速回想を終え、シルヴァンは、立ち上がった。


「書類を取り返しに行く! ネイサン、あとは頼む」

「殿下!」


 シルヴァンは走り出した。

 

(これからは私が書類を持っていくのがよいかもしれぬ)


 三人が直接盗りにこないとも限らないからだ。仕事はさらにかさむが、いたしかたなし。

 しかし、頭が痛いのも確かだ。


(マイケルとの時間がとれなくては困る)


 神子と過ごす時間は、王太子にとって何をおいても、絶対に欠かしてはならないものだった。

 それは、この世界とロードの国にまつわる、絶対的な約束からなった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る