第5話 生徒会室にて

 シルヴァンは、生徒会室で書類に目を通していた。


「殿下、こちらの書類も確認と印をお願いします」

「ああ、そこに置いておいてくれ」


 ネイサンが書類を置くのを目で確認しつつ、シルヴァンは印を取り出した。諸事情で仕事のとき以外は常に肌見放さず持ち歩く印は、「会長」の紋が入っている。


「今日も来ていませんね」

「ああ、商会の仕事があるようだし、今日少し口論になったからな」

「またですか。全く、“しわよせ”が聞いて呆れますね。まあ、こちらとしては、いないほうが楽なんですが」

「ネイサン」

「申し訳ございません」


 ネイサンの当てこすりを、シルヴァンは止める。他の生徒たちも、黙っているが、ネイサンと同じ気持ちなのがわかる。

 あのとき仕事は分担していると言い切ったが、実情はこのひと月、シルヴァンとその派閥のもので回している状態だった。

 それを「独裁」と責められてもいるのだが、一方で「仕事をサボりラファエルに押し付けている」と責められてもいた。

 それを皆、苦々しく思っているのだ。

 

「しかし、皆にはまことに苦労をかける。いつもありがとう」

「殿下、何をおっしゃいます」

「光栄です!」


 わっと口々にシルヴァンをもり立てる。シルヴァンは心底ありがたかった。

 彼らは皆シルヴァンの派閥のもので、マイケル以外で頼れる生徒たちであった。

 皆は、シルヴァンにしわ寄せが来まくりの生徒会を手伝ってくれているのだ。


(長としてはありがたくも情けない限りだ。もっとラファエルたちを御せねば)


「予算の追加申請の返答は渡したか?」

「今、持って行かせています」

「ありがとう」

「それにしても、あんな額を請求するなど、全く頭が痛い。私の頭が破裂したら、きっとあの者らのせいです」


 ネイサンが忌々しげに歯をくいしめた。ネイサンは、シルヴァンの二人いる側近のうちの一人で、主にこうして内的な仕事を補佐してくれていた。


「まあ、今に始まったことではない。いちいち腹を立てては体に悪いぞ」

「わかってはおりますが……全体の予算額と同等の額を大した見積もりもなく請求するなど、正気ではありません」


 それにおいては、全く同意だった。

 この学園では、『身分の隔てなく、社交をするため』という目的で、社交クラブを作っている。乗馬や、茶会、ダンスに読書など、数は十五にも渡り、どれも伝統あるクラブである。無論学園生の資金で成り立っているため、活動予算はきっちり会議が行われ決められるのだが。


「会議では根拠のない予算カットで多くのクラブを廃そうとしておいて、自分は金がほしいですか」


 ネイサンが忌々しげに、拳を握る。


『そもそも、なぜクラブがあるのです? 無駄金ではありませんか』


 ラファエルの冷たい言葉がよみがえる。

 ラファエル曰く、『貴族たるもの、遊んでいないで仕事をすべし』ということであった。

 しかし社交も仕事の内だと言うと、『お膳立てしてもらうなど怠惰の極みです。どうしてもというなら身分で話しかけられぬ空気を作る学園の気風を直せばよいのでは?』と、返された。

 言いたいことはわからないでもないが……伝統あるクラブを一度に廃するのは極端すぎる。ましてクラブ存続の会議は終わった後だった。

 それに、学園の気風を改めると言うならば、マイケルへの態度を改めてほしい。自分の派閥外の身分が低い生徒への態度も。

 ひとまず、そういう話はまた別会議で丁重になすべきと話し、その場はおさめた。

 その後、料理、手芸、園芸クラブに、それぞれ全体の予算額に相当する額を追加申請されたとき、シルヴァンは天を仰いだのだが。


「自分の息のかかったクラブはその限りではありませんか! とんだ心がけですよ! ああっ!」

「落ち着け、ネイサン」


 ネイサンがぎりぎりとハンカチを絞る。これは感情を抑えるときの彼のクセなのだが、ここ五年で気に入りのハンカチを駄目にしすぎたので、絞る用のハンカチを作ったらしい。


「はあ、はあ……すみません殿下」

「いや、私の為に怒ってくれていることわかっている」

「勿体ないお言葉。単に自分が腹立つのもありますので」

「すまないな。しかし大丈夫だ。はっきり断ったゆえな」

「――殿下あっ!」


 パターン! とすごい音を立てて扉が開いた。ネイサンが「乱暴にするな」と声を上げようとし、目を見開いた。


「どうした、その傷は!」

「申し訳ございません……!」


 書類を渡しにいった生徒たちだった。顔中ぼこぼこに殴られ、互いに肩を抱いて支えあっている。シルヴァンは駆け寄る。


「書類、奪われました……!」

「何っ!?」

「多勢に囲まれ突破できず……申し訳ございません!」

「誰にやられた!?」

「あ、アレフ卿の派閥です……」


 そこで彼らは力尽きたのか、ばたりと倒れ込んでしまった。シルヴァンは彼らの体を支える。ネイサンが受け取り「医者を!」と叫んだ。

 皆暗澹たる表情で、彼らを見下ろしていた。


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