第4話 おかしな幼馴染たち
「ラフィ、少し休憩しましょう」
山と積まれた本の向こうに、ベイジルは声をかける。本の向こうにいるラファエルは、聞かずペンを動かし続けている。
ベイジルは目配せし、ティーセットを用意させた。
「根を詰めすぎですよ。お茶に付き合ってください」
「……これくらい、普通では?」
ラファエルは、怪訝そうに首を傾げる。
「全く……あなたは本当に一途だな」
アレフが苦笑する。甘い瞳で、ラファエルを見つめた。クリストファーは、白くしなやかな手を握る。
「私たちは心配なのです、ラフ。あなたが消えてしまいそうで……」
訴えるクリストファーの目は甘やかさと切実そを秘めている。ラファエルは、きょとんとした様子で「心配……?」と目を瞬かせた。その様に、アレフが「うっ」と顔を赤らめ息をつまらせる。
「さあ、そこまでにして」
ベイジルが、手を叩く。そして理知的な瞳を砂糖で甘く煮溶かしたような笑みで、ラファエルに焼きたての菓子をすすめた。
「特製のお菓子ですよ。あなたは食事も忘れますから……少しでも食べて疲れを癒やしてください」
甘い香りに、ラファエルの顔が、ぱあっと輝いた。
「お菓子……っ」
そう言うなり、手を伸ばし菓子を両手で掴むと、ぱくついた。
「んんう……っ」
お菓子を投げ出すようにおいて、頬を押さえ美しい顔をふにゃふにゃにとろけさせた。三人はそれを、とろけるような笑顔で切なげに見ている。
「可愛すぎるな」
「……そんなに変な顔をしていたか?」
ラファエルはきょとんとする。
「とても愛らしかった」
「あなたの笑顔は格別ですね……ほら、ついていますよ」
口元についた食べかすを、クリストファーがつまんだ。ラファエルはベイジルがすすめるままに、菓子を食べている。するとアレフが自分の分も差し出す――
「なあ、殿下よお」
マイケルが白けた声で言った。さっきまで教科書とにらめっこしていたが、たび重なる隣からの皮肉口撃に重ねてのこの光景に、すっかり集中が切れたらしい。
「あれって、すげえ行儀悪いんじゃねえか? あの人らこないだ俺にボロカス言っといて」
言いながら、バリバリと焼き菓子を食い、お茶を一気にあおった。
その様子に、三人は眉をひそめた。マイケルは、「ぺっ」と舌を出した。
ちなみに申し遅れたが、ここは学園のテラス。学園生の憩いの場である。ラファエルらとシルヴァンらは、隣のテーブルに座り、勉学と茶をたしなんでいるのだ。
「何でえ、お貴族様はてめえのこたあ見ねえもんだな」
「マイケル」
「殿下は別っすよ。あ、ここわかんねえんで、教えてください」
ペンと気を取り直したマイケルが、シルヴァンに問題を指し示す。気持ちを切り替えたのか、顔にもう怒りはなかった。気持ちの良い男だと思いつつ、「ああ、ここはな……」と、説明を始めると、マイケルがうんうんと唸り、次の問題にも手を伸ばした。
「そう。合っている」
「やった!」
「着実に力をつけているな。君の努力がうかがえるな」
「でへへ」
その時、乱暴にカップを置く音が聞こえた。
「ラフィ、お茶を」
「もういい」
ラファエルはペンを取り、また本にかじりつきはじめた。
「ラフ、また倒れてしまいます」
「構わない。こちらにしわ寄せが来ている以上、私にのんびりしている暇はないのでな」
冷たく、切羽詰まった声で言った。ラファエルの顔は本に隠れていたが、気持ちを察してほしい、という空気にあふれていた。
「ラフ」
クリストファーが、切なげにラファエルを見つめる。アレフが、きっとマイケルを睨んだ。
「使えぬものがいると、苦労する」
「全くですね。当人に自覚がないのが頭の痛いところです」
軽蔑を込めた目で、ベイジルも続く。マイケルは、「あん?」と思い切り顔をしかめた。
「こそこそうざってえな。言いてえことがあんならはっきり言えってんだ」
「な……!」
「平民風情がっ……」
周囲の生徒たちも気色ばんだ。シルヴァンは、「静まれ!」と声をはる。マイケルを庇うように立つと言葉を続ける。
「マイケルは転入してひと月、慣れぬ生活の中よく頑張っている。マイケルを支えるのが、王族、貴族として一日の長ある我らの役目だ」
「そのために、ラフが追い込まれても、ですか?」
クリストファーが言う。怒りに顔を青ざめさせていた。温厚で友人思いの彼の、このような顔を見るのは辛かった。
「それはマイケルの責ではない。我々の力不足だろう」
シルヴァンは厳しい声で言った。
「私たちの責務は神子を助けること。助けるべき神子に責をかぶせるなど、本末転倒だ」
そしてシルヴァンは、ラファエルを見た。
「ラファエル卿、あなたも自己管理を心がけてほしい」
「そんな言い方……!」
理性的なベイジルまでも、怒りに顔を染めた。シルヴァンは、悲しみを深めた。
ラファエルは、むっつりと黙り込んでいる。素知らぬ顔を装いながら、明らかに不快そうだった。
「神子のしわよせがきていますので」
ラファエルは言う。明らかにすねた言い回しだった。
「しわよせとは何だ? 仕事は分担しているはずだ」
「ラフは、殿下の仕事もしているんです!」
「そうだ、お前が神子にばかりかまけて、仕事をおろそかにしているから……!」
アレフが叫ぶ。
シルヴァンは、心の底からやりきれず、また不快だった。彼らではない、彼らにこのような発言をさせる大もとに対して。
「私は仕事をおろそかにしたことはない。また、神子を助け、力を合わせることを『かまける』などと、そのような言葉が出るとはあまりに残念だ」
シルヴァンは息をついた。落ち着かなくてはならない。
「さっきから聞いていられません! 何でラフィの心を蔑ろにするようなことばかり……!」
「助力の心は有り難い。しかし、それで輪が乱れるようでは困るのだ。神子のため、国のため……今何が一番必要か、いま一度考えてくれ」
ラファエルが立ち上がる。
「ラフィ」
三人の気づかわしげな目が、彼の青ざめた横顔を追いかけた。
「余計なマネをして申し訳ありませんでした。二度と邪魔はいたしません」
そう言って、その場をふらふらと去った。クリストファーが、「ラフ!」と立ち上がる。そしてシルヴァンを睨んだ。
「殿下は、神子にばかり優しいのですね」
アレフ、ベイジルも続く。
「見損なったぞ。シルヴァン」
「そのようなことでは、誰もが見放すでしょう」
そう言い捨てて、ラファエルを追いかけていった。
シルヴァンは、そんな彼らを見送り息をついた。マイケルが頭の後ろに両手を組み合わせて、呆れたように言った。
「何でえ、あいつら。俺と殿下って偉い立場っすよね? 何であんなに偉そうなんだよ」
「すまないな、マイケル」
「いーすよ。殿下に怒ってねえんで」
シルヴァンは、嘆息した。
たしかに冷静さが足りなかったかもしれない。導かねばならない立場の者が、心を波立ててはならない。
しかし……心を尽くして通じるなら、どんなにいいか。虚しい気持ちになる。
ラファエル……そして、アレフ、ベイジル、クリストファー。あのような皆を見るのは初めてではない。
しかし辛かった。
友が狂っているのを見るのは。
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