第3話 シルヴァンとラファエル
「見ろ、また同率一位だ」
アレフが、シルヴァンの肩に手を置き言った。シルヴァンは頷き、掲示板を見上げる。向かい隣のベイジルが、モノクルを整えながら言った。
「彼もなかなかゆずりませんね」
「さすが、彼は一族きっての才子とうたわれるだけあります」
たっぷりとした長髪をたなびかせ、クリストファーも続いた。
「ああ。やはり素晴らしいな」
シルヴァンは朗らかに笑った。
今回は自信があったが、まあそういうときは相手も自信があるものだ。二人の得点は、全教科満点を示している。
「おお、噂をすれば」
クリストファーが、囁いた。シルヴァンは、ぱっと顔を輝かせる。三人に断りをいれ、彼に駆け寄った。
「ラファエル卿!」
芯の通った出で立ちが、くるりと振り返る。その拍子に、金の美しい髪が揺れた。日の光を受けるそれを、シルヴァンはまぶしげに見つめる。碧の瞳に自分の姿が映る。
「これは殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
ラファエル・ハイドは、薄く笑みを浮かべ、シルヴァンに礼を取った。彫像のように整った容貌は、しばしば氷のようだと形容されるほど、冴え渡っている。
「こたびの試験も、互いにゆずらぬ結果となったな」
「はい」
「あなたと切磋琢磨できて、嬉しい」
「光栄に存じます」
ラファエルは口の端に、うやうやしい笑みを浮かべる。シルヴァンはそれを心おどらせ見ていた。
シルヴァンとラファエル。
七歳の頃より学園に入り、それから三年。二人は頑として首席の座を譲ったことはなかった。
シルヴァンはいつこの拮抗が破られるのか、楽しみであった。ラファエルという好敵手がいて、自分は自分を磨くことができるのだ。
「これから皆で遠乗りに行く。あなたもぜひ来ないか」
「それは素晴らしいですね」
ラファエルの言葉に、シルヴァンは浮き立つ。しかし、次に来たラファエルの言葉は否定だった。
「ですが、遠慮させていただきます。これから領地に帰らなければなりませんゆえ」
頭を下げる。シルヴァンが、「そうか」とさみしげに言う中、ラファエルは、礼を取り去っていった
「またふられたな、殿下」
「うん」
アレフの言葉に、シルヴァンは肩を落とした。また断られてしまった。
「まあ致し方ないでしょう」
ベイジルが目を伏せ言う。
「彼はハイドの一族ですから。殿下に遠慮するところがあるのでしょう」
「そうです。殿下こそ、気づかってあげなければなりませんよ。断るのは角が立ちますから」
クリストファーが話を締めた。シルヴァンは、黙り込む。
ベイジルとクリストファーの言うことはわかる。
ハイド公爵家。それはこのロードの王族の血を引く、王家開闢の時からなる名門貴族である。しかし、彼らのもっとも知れるところはその悪名だった。それでいて決して尻尾は掴ませず、王家と切れない関係を続けている。王家にとって、目の上のたんこぶだ。
王家はいつも、ハイドとのバランスに気を張っている。
「わかっているのだが」
シルヴァンは嘆息する。
「ラファエルは素晴らしい人だと私は思う。仲良くなりたい」
「殿下……」
クリストファーが微笑する。
「それは皆、同じ気持ちです。皆、彼には興味があるのです」
「うん」
シルヴァンは、また頷いた。自分とラファエルは、国のため、距離を置いた付き合いが求められている。わかっている。
それなのに、シルヴァンはラファエルの姿を見ると、声をかけずにいられないのだ。ラファエルはいつも、一線引いた態度で、シルヴァンと接する。
それは、彼のほうが自分よりよほど、聡明であることを意味していた。
(そうだ、私はラファエルと仲良くなりたくて、ずっと追いかけていた)
それが、思いがけず、彼と打ち解けることができて――それは、彼の内面を知れた事が大きかったが……それがどれほどシルヴァンにとって嬉しかったか、言葉に尽くせない。肩を組み笑い、ときに殴り合うこともあった。
“家同士”のしがらみはあっても、自分とラファエルの友情は続くものだと信じていた。
目を開くと、シルヴァンは学園の庭園に仰向けに寝転んでいた。
(戻ったか)
回帰している。今までと同じなら、おそらく時は……
そこで、風が吹き、木々が揺れる。シルヴァンは手で風を防いだ。
風が止む、と同時に軽快な駆け足が迫ってきた。
「どこだここ!?」
一人の男子生徒が、大荷物でやってきた。まだ着慣れた様子のない制服から、転入生とすぐわかる。整った顔立ちより先に、中身の明朗さが前に押し出た表情。
マイケルだ。
(やはり、マイケルが転入してきた春に戻ったか)
いつも通りだ。マイケルは、シルヴァンに気づくと、わらをも掴むような様子で、駆け寄ってきた。
「すんません! 俺、学長室に行きてえんですが!」
朗らかな声が、耳に心地よく届く。
「ああ。案内しよう。こちらだよ」
「あざっす!」
マイケルを促して歩き出す。そこで、見慣れた人影が、立っているのが見えた。美しい金の髪、白き顔。
(ラファエル)
ラファエルは、どこかぼんやりと歩いていた。三人の男子生徒が連れ立つ。アレフ、ベイジル、クリストファーだ。
『心してかかれ、シルヴァン』
神々の声がよみがえる。
『回帰するほど、事態は手強くなっているのだからな』
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